HOME > 前川日記 > 前川日記 2016.12.16.~31.京都に着いた夜、妻が転倒して怪我をしたという知らせ。旅行中断、翌日帰宅。「銀座カンカン娘」DVDを見る、子供の頃「〽虎や狼怖くはないのよ」というところでなんだかドキドキしていたらしい。

前川日記

12/16(金)

赤坂越前谷整体院マッサージ。
TBSメディア総研立ち寄り。
民放連研究所客員研究会。その後、忘年懇親会。
22時半ころ帰宅。

12/17(土)

明日から京都行のため、今日中に掃除など。
「テレビが見世物だったころ」書評会。今野氏登壇。
懇親会には参加せず帰宅。

12/18(日)

京都行。
かなり早めに新横浜に着いたら、不発弾移送のため新幹線は運休中という。
ホームに停車中の列車から運転再開とのアナウンス。大人の休日倶楽部割引チケットは「のぞみ」は対象外で「ひかり」しか利用できないが、たまたまホームに「ひかり」停車中。自由席が空いている。崎陽軒のシュウマイと缶ビールを買って乗車するとすぐ発車。
予定していた列車より1時間近く速く京都に着いてしまった。
さて、そのままホテルにチェックインしても良かったのだが、清水寺が来春から工事で舞台はネットがかけられる、と聞いていたので寄ってみることにした。駅前からバス。五条坂下車で坂を上り、境内へ。
暮れも近いというのに日曜日のせいだろうか観光客が多い。相変わらず中国韓国の人たちが大勢で賑やかだ。


紅葉の名残りもあってなかなか良かった。舞台からの眺めも、舞台の景観も、絵葉書的だがそれはそれでよい。 その写真がアップできない。
帰りの下り坂でちょっと買い物。
1時過ぎにチェックイン。
荷解きなどして一休み。
17時にホテルのバーで高橋君と合流。
京都では毎度立ち寄る小料理「紫陽」へ。
・・・と、長女から電話。家内が外で転倒して怪我をしたという。ご近所の方に助けてもらったらしい。2時間ほど前に電話した時は、声に元気がないようだけど、そんなことは言っていなかった。旅行中に知らせたくなかったのだろう。2度ほど電話のやり取りをして、明日帰ることにする。残念だが、仕方がない。こういう時に、ほんの近くに家族がいてくれて本当によかった。

12/19(月)

やはり早めに目が覚めてしまった。
パッキングをしていたら東山から朝陽。

部屋のコーヒーと昨日買ったコンビニのパンで朝食。
いつもなら、ウォーキングの後で、ホテルの地下の焼き立てパンとスープなのに。


8時半過ぎの「ひかり」に乗る。窓越しの富士。
こんな時でも景色は美しく見える。新横浜で、横浜チャーハンと夕食用のシュウマイ。

12時過ぎに帰宅。
妻は顔面から転倒したとのことで、内出血と擦過傷で顔が可哀想そうな状態だ。
風邪もひいて声もガサガサ。
通りがかりのご近所の方が介抱して送ってくれたというが、どなたかは分からないという。精神的にショックだろうと思う。

12/20(火)

朝食を簡単に用意する。
夜はよく眠れたという。
昼、簡単な買い物。
放送人の会の「証言」と「日韓中テレビ制作者フォーラム」について、放送文化基金からの助成の見通しが立ったという連絡、助かる。

12/21(水)

戸隠行きを止めたので列車のチケットキャンセルに町田まで出て、ついでに買い物。夜の総菜をデパ地下で。蟹コロッケと串カツ。
事務局に電話。
事情を話して出られない旨伝える。事務局忘年会は延期して新年会に。
終日在宅。
旅行を中断したので年賀状作成の時間が出来た。

12/22(水)

妻の傷は少しずつ良くなっている。
年賀状印刷。
毎年のことだが、印刷ミスが出る。同じ間違いを繰り返している。

この冬は、バラが咲かないが水仙が綺麗だ。


12/23(木)

暖かい。
スキー場の雪は大丈夫かと気になる。
午後、郵便局、銀行、整体マッサージ。股関節の痛みひかず。
歩行は少し違和感があるが、まあ普通に歩ける。立ち止まった後などに、何かの拍子にズキンとする。今年の始めに発症した坐骨神経痛の後遺症だろうか。
妻の怪我といい、二人とも確実に年を取っているのだ・・・としみじみ思い、気が沈む。
夕方から風強く、雨。
夜のニュースで糸魚川の大火を知る。

12/24(土)

ホープさんと中目黒で合流。赤坂の整体院に案内。前回と二度。
これで次回から単独行で大丈夫だろう。
やれやれ、と思ったのだが、今日は自分の治療が3時過ぎなので、それまでどうしよう。


股関節の痛みは鎮痛剤で何とか大丈夫そうなので、六本木まで歩いて「牛腸茂雄という写真家がいた」展をフジフィルム写真史博物館で見る。牛腸茂雄という写真家は微かに名前を知っている程度だった。写真を観て、日常の人のたたずまいを大事にする人で、作品には「距離のある優しさ」が見えると思った。大森大道などと同時代の人だが反対方向から新しい写真を模索していたのだろう。展示が三段になっていて、目線より高かったり、低かったり、ちょっと観にくかった。スペースの関係だろう。
隣の展示会場で風景写真展をも開催していた。風景写真というのは自然のある一瞬を極めて技巧的に切り取って成立しているらしい。写真の原点とも言っていいのだろうが、タイトルが恐ろしく陳腐だ。想像力の対極にあるようなものが並んでいるのは何故だろう。もっと即物的で良い。何時、どこで、どのように撮ったかという基本情報があれば、観る者が何かをイメージするのだ。


それにしてもフジフィルムのコレクションはなかなか凄い。
写真集「フジフィルム・フォトコレクション展 日本の写真を飾った写真家の<私の1枚>」は凄く良い。101人の写真家の“1枚”がピックアップされている。これが1000円とは信じられない。3月の展覧会を見なかったのが残念だ。

赤坂に戻る途中で一息入れて整体院へ。
ストレッチは大事ですけど、無理に一伸ばしするような動作は駄目ですよ、といわれる。
終わって「砂場」で忘年会。季節だろう、混んでいる。
定番のアサリ、卵焼き、やきとり、などでゆっくりする。
20時前に帰宅。

12/25(日)

今日は、掃除を休む。
戸隠行きを止めたので年内時間が出来てしまった。
午前中、妻と長女と一緒にスーパーで買い物。いつもは二人で行ってくれるのだが、妻の怪我の直後なので念のため同行。傷も大分薄れてきてホッとする。
午後、テレビで高校駅伝など。
ストレッチを忘れないように日に数回。体の柔らかさに相当の自身があったのだが、硬くなっているの愕然とする。


「銀座カンカン娘」DVDが届いたので夜見る。歌に強い記憶があって、時々頭の中で鳴っていた。敗戦から4年目にこういう映画が製作されたことにちょっと感慨。ロケの街並みも随分きれいに映っている。笠置しず子が良い。なんでこれを見たたかったのかといえば、「サワコの朝」という阿川佐和子のインタビュー番組で、ゲストに<心に残る一曲>というコーナーがあり、自分では何だろうと考えていたら、それが「銀座カンカン娘」だった。
子供のころ、この歌を意味も分からず唄っていたら、教育熱心な義母に「不良になるからやめなさい」と叱られた記憶がある。どうも、そういうところは典型的なモボ、シティーボーイの父に似ていたのだろうか。「〽虎や狼怖くはないのよ」というところでなんだかドキドキしていたらしい。父は、高峰秀子のことを”デコちゃん”と呼んでいたと思う。父は明治42年生まれ、この歌を作曲した服部良一の2年下だから同世代だ。

12/26(月)

デスク周りの整理。
不用の書類、伝票類など片付け。
ツンドク本をどうしょう。

12/27(火)

風強い。
曇天、時々雨。
掃除に手が付かない。天気のせいだろう。
夕方、近所の整体院。歩行の途中で立ち止まると痛み発症。

12/28(水)

丹沢連峰が白く見える。降雪があったのだろう。
好天。洗濯。
午前中床屋。年内スキーを止めたので、時間が出来た。
午後から、階段網戸、大きな窓の外側、トイレ、2階の部屋掃除器など。少し納得。
今日も夕方整体院。今年の治療は終了。

12/29(木)

股関節の痛み薄い。
明日のゴルフの体調確認のため、鎮痛剤。
痛みがないので暮れのやり残しことをあれこれ。
靴箱掃除、お飾り、マット洗い、自室の小型冷蔵庫の霜取り、アイロン、など。
これで、大晦日に玄関掃除とカレンダーの架け替えなどをすればまあ良いか。
例年に比べれば手抜きのような気もするがしょうがない。
妻の怪我は順調に回復。ホッとしている。

夜、夕闇に星一つ・・・この写真では星が見えないかな…。


12/30(金)

長女、次女の夫たちと御殿場で忘年ゴルフ。
行き帰りとも渋滞。
かなりの寒さを覚悟したのだけれど、それほどでもなかった。陽射しがあるのに雪が舞ったりしていた。
午前中、効くはずの鎮痛剤効かず。ちょっと辛かった。
午後は効果あり。

12/31(土)

テーブルクロス、枕カバーなど洗濯。
駅前の小田急OXに予約してあった焼鯛受け取り、でかくて高い。
もう少し小ぶりで安いのはないのだろうか。ついでに今夜の忘年家族会用に蟹購入。
玄関周り掃除。
干支の置物交換。カレンダー架け替え。明日の朝表紙を剥して新年。

娘たちが、妻のためにシルバーカート(手押し)をプレゼントしてくれた。
次女が長女の家に一泊して年越しをするので、孫(中一女子)を連れて届けに来た。
先日の転倒を心配してのこと。あり難い。
一日早いが、嬉しいお年玉。
夜は、長女、次女夫妻と孫とでゆっくりしよう。

こうして一年が過ぎて行く。


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