HOME > 前川日記 > 前川日記2017.1.1.~15.「降る雪や奪はれても奪はれても福島」長谷川櫂 「ルネサンス以後の世界の転換点」姜尚中 ・・・ついでにアンチ巨人の話。

前川日記

1/1(日)

ゆったりした元日。
雑煮の餅一個、御神酒二合。食べる量も飲む量も減った。
午後、長女次女一家年始訪問。

年賀状を差し上げていないのに頂戴した方々に遅ればせながらお送りする。
年賀状の枚数は一番多い時期の半分以下になったけど、それでもまだ200枚近い。
気に入った年賀状をファイル。


初夕陽。

朝日新聞の新春詠
「降る雪や奪はれても奪はれても福島」長谷川櫂
「寒イカラ、オ燗ニスルカ 一人居の我は時をり独言命(ひとりごとのみこと)」高野公彦

1/2(月)

明け方目覚めて、これからどういう風に生きていくのだろうかと思う。
妻の足元の弱りが心配。糸子、素子たちはこれからを穏やかに過ごせるだろうか…など。


箱根駅伝。することもなし。
で、今日も一日終了。

今日も月と星。凄く近いところで輝いている。


1/3(火)

短い正月が終わる。


1/4(水)

事務局。
初日から色々・
総務担当の吉田氏と事務局スタッフで新年会。
赤坂のスペインBAR。

1/5(木) 全員集合の停電事件

朝、赤坂日枝神社。現役の時からの習慣。

お神籤は万事謙虚に・・・というようなことだった。確かに・・・。
アキレス腱の怪我や神経痛、妻の転倒事故などあったので、身体安全お守りを二つ。
その後、メディア総研立ち寄り。
15時にTBSのラウンジで今野氏と高橋利明君を引き合わせる。今野氏が「テレビの中継の思想」について書きたいのだが、テレビ中継の最も多くの視聴者に印象に残っているのは「8時だよ!全員集合」の停電事件だという、誰か関係者を知らないかといわれて、「高橋トシはプロデューサーとして現場を仕切っていた」と話したら、是非会いたいということになったのだった。
トシの話は実に面白かった(僕は話を聞くのは二度目だったけど…)。
停電になった途端に、これは数字(視聴率)は頂ける、CMに逃げないで行けるとこまで生で行け、ドリフのメンバーが「なんだかドキドキするなぁ」と言ったのを聞いて<確信>が生まれた、結果高視聴率だったが<放送不体裁>で責任者として譴責された・・・などなど。当時の上司居作氏がいかに優れたテレビマンだったか、テレビの強みは何か、などなど。

1/6(金)

赤坂整体院。
ランチは离宮。久しぶりに中華。

1/7(土)

近所の整骨院。
神経痛の症状は大分良くなっているとのこと。
赤坂の整体院は持続的なメンテナンス、特にスキーやゴルフの前にはそれに応じた外。もう10年になるだろうか。担当の横山女史とは信頼関係が出来ている。
近所の整骨院は、痛みが出た時などの処置。それぞれがどういう治療をしたかという情報は提供することにしている。そうでないと逆効果になりかねない。今のところバッティングしていることはない(はずだ)。

1/8(日) 「ルネサンス以後の世界の転換点」

「サンデーモーニング」を見る。
ウォラーステインにインタビューしようという発想が良い。そして何よりも「ルネサンス以後の世界の転換点」という姜尚中氏の言葉に強く共感する。
先輩の北村美憲さんの今年の年賀状に、25年前の冷戦構造解体にはそういう意味があった・・・と書いてあった。これにも全く同感。


明日からのスキーの準備、確認・・・といっても、道具は宿に預けたままだし、着替え類は宅急便で送ったし、大したことはない。それでも、シーズン最初は必ず「アッ、あれを忘れた」というものがあるのだが。

1/9(月) 「ああ、また今年も来られた…」

行きがけに、2月に孫と行く指定券乗車券を買っておこう、連休期間なので混むかもしれない、と思って早めに出たのだが、一月前発売なので2/11からです、と言われてしまった。
というわけで、早めの新幹線に乗ることになり、長野には昼過ぎについてしまった。駅前から定宿樅ノ木山荘に電話。連休の客が発った後で掃除中という。ゴメン、ここで待っているのもなんだから取り敢えず行くね、ということでバスに乗る。

宿について、荷ほどき。暖炉前に座ると、「ああ、また今年も来られた…」とほっとする。

落ち着いたところで、FBを開いてあれこれ。
昨日の「サンデーモーニング」についての金富プロデューサーの投稿にリアクション。
<ウォラーステインのインタビューと「ルネサンス以後の世界の転換点」という姜尚中氏の言葉が強く印象に残りました。ウォラーステインに聞いてみよう!という発想は良いですね!>

1/10(火) 最初のリフトを降りて緩斜面を滑り出すと、毎年そうなのだが、少しドキドキする。

9時半にゲレンデ。
最初のリフトを降りて緩斜面を滑り出すと、毎年そうなのだが、少しドキドキする。ああっ、滑れる良かった、と思うのだ。緩斜面を二回りほどしてから山頂に行くつもりだったのだが、板の滑り具合、体調、バーンの様子を確かめつつ、「ヨシ、このまま山に行ってみよう」という気になった。1700メートルの瑪瑙山山頂から右に「お仙水」左が「めのう」のロングコースを楽しむ。雪が少なくて、どちらも少しブッシュが出ている。戸隠特有のパウダースノー。二本目からはノンストップ滑走。右腰の神経痛は少し違和感があるものの、ほとんど影響なし・・・良かった。


30分の休憩を挟んで、第5リフト横の「しゃくなげ」を滑る。このバーンは変化があって難しいが色々な滑り方を試されて楽しめる。
午後も同じような滑りを繰り返し、勘定したらリフト18本、25キロ以上滑ってしまった。初日から滑り過ぎだと思うけど、体調が不安の中少し自信になった。

4時に宿に戻ったら、「初日なのに随分ゆっくりでしたね」と言われてしまった。

1/11(水) これで<スキーの脚>が出来た…。

今日から下り坂だと思っていたら、陽射しがある。
今日も良く滑る。昨日と同じペースだが、仕上げでいろいろ試しているうちに、昨日の本数を超えてしまった。流石に大腿部に疲れがたまって動きに無理が出てきた。だけど、これで<スキーの脚>が出来たと思う。次回からは、かなり滑りが滑らかになるだろう。昨日も今日も、ウォーミングアップ、クーリングダウン、氷嚢冷却、など今までやらなかったことをやってみた。体調が良いのはそのせいだろう。横山女史に、「ホラ、言ったじゃないですか」と言われそうだ。

1/12(木)

朝から雪。
今日は滑らずに帰る。
10時のバスで降りる。長野駅で、2月に孫(中1女子)と来るときの列車の手配。ちょっとした買い物など。駅のホームの蕎麦で昼食。
3時過ぎに帰宅。ちょっと疲れている。

1/13(金) 見るべきものを見ること

「放送人の会」の会報原稿を忘れていた。
締め切りには間に合うはずだと思って走り書き。以下の通り。
<乱世の時代>
「サンデーモーニング」(TBS)で、姜尚中氏が「ルネサンス以後の世界の転換点」という発言をしていた。全く同感。トランプ現象はその分かりやすい例だと思う。
何が起こっても不思議ではない。人はこういう時代の厄災から逃れる知恵を持ち合わせているかと言えば、楽観的になれる理由はどこにもない。「見るべき程の事は見つ」とは平家物語の平知盛の台詞だが、それほどの見切りの感覚はもちろんない。この台詞は「もはや自害せん」と続くのであって、そうはいっても自害するわけにも行くまい。ただ、しっかりと見るべきものを見ることだけが、私たちの仕事であろう。

1/14(土) アンチ巨人・南海ファン

各地で大雪情報。
洗濯をしたが、干す指先がジンと痺れてくる。高校時代に下宿先でサッカー部の練習着を洗っていたころを思い出す。冬の選択は嫌だった。あの頃は、手洗いで辛かった。下宿先のおばさんが「洗濯機をお使いなさい」と言ってくれた。ハンドル式の手回しの絞り器だったが嬉しかった。

FBで「球辞苑」という番組の話題が登場した。シリーズで野球をあるプレイを掘り下げてみせる趣向なのだが、これがなかなか面白い。プロとは何を考えて(あるいは、考えなくても)そういう選択をするのか、などなど、ちょっと感心させられる。直近の番組についての投稿があり、そのやり取りを読んでいるうちに、子供のころの記憶が甦った。投稿した人にジャイアンツの選手のファンがいた。アンチ巨人の僕は、長い間南海ホークスのファンだった。で、こんな投稿をした。
「関西の古い野球ファンをご存知でしたら聞いてみてください。往時の南海ホークスのスターティングメンバー。ピッチャー柚木、キャッチャー筒井、ファースト飯田、セカンド岡本、サード山本(鶴岡/監督)、ショート蔭山、レフト笠原、センター蓑原、ライト堀井。最初にプロ野球を観たのは小学校1年生、後楽園球場の巨人-南海。アトラクションで笠置シズ子が”野球ブギ”を唄っていたと思います。」
ついでに、こうも。
「コカ・コーラという不思議な飲み物に出会ったのもその時でした。占領軍のGIたちが観に来ていました。戦前に商社のNY駐在員だった父が買ってくれました。」

1/15(日)

「放送人の会」をどうしよう・・・というのはおこがましいか・・・。
どう付き合うか、悩ましい。
色々あるけど、例えばMXテレビの沖縄問題の扱いをネットで知るとほとんど絶望的な気分になる。それをパスできるかどうか。
「BPOはMX報道を裁けるか」 
BPOと「会」のコラボはあるだろうか・・・。


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