HOME > 前川日記 > 前川日記2017.02.1.~02.15.孫とスキー。「あと5年は滑りたいナ」といったら、娘と孫が「いつまででも滑ってそうだよね」「ウン」と会話していた。今回は、高校時代のサッカーの話など、身体的話題・・・だけではないけどね。

前川日記

2/1(水)

事務局。
諸事、それなりに。
「前川日記」2/16.~アップ。
一昨日の「日韓中」関連会議メモ作成。

次女と孫が長女宅に来て一緒に昼食。孫の宿題をちょっと覗く。国語の論理というジャンルだろうか、「台風で家が全部壊れた」という文章の意味は幾通りあるか、など。

2/2(木)

節分。
朝、長女が煎り豆を持ってくる。一階二階撒いて回る。部屋内は適当なところに置く。
子供のころ、家の中もたくさんの豆を天井に当たるほど撒いて、夜中に布団から手を伸ばして豆を拾って食べるのが楽しかった。夜、暗い中で音を立てないようにしながら食べた豆は、ひそかな楽しみというものを覚えた最初だっただろうか。

2/3(金)

今日も事務局。
会計事務所の担当者から、決算に向けての財務状況の説明を受ける。
この人の説明能力はなかなか素敵だ。
で、色々ある苦手の中の苦手、会計処理という世界にはまる人がいるということが何となく分かってきた。つじつまが合うとスッキリするのだ。
同時刻に、「放送人グランプリ」のための恒例の下馬評座談会。いつの間にか参加することになってしまったのだが、そういう事情で今回は見送り。でも、下馬評座談会というネーミングね含めて、「こういうのがこの会の良いところなんだよな…」という気がする。

夕方、学士会館。
高校(小石川)のクラスの集まり、それぞれがどういう仕事と人生を送ったかを語る「茶話会」のうち合わせ。次回は、日本鋼管で製鉄工程のメンテナンスを担当する中でスーパーンピューターにはまった話。俗事と浮世離れの落差が面白い。

2/4(土)

朝刊に岡野俊一郎氏の訃報。
岡野さんは、小石川高校(府立五中)のサッカー部の大先輩。

「岡野さんは高校のサッカー部の先輩。以前、以下のコメントを投稿したことがある。写真は母校のグラウンドの練習風景。このグラウンドで岡野さんもボールを蹴っていた・・・はずだ。写真のGKが私。この写真で気に入っているのは、セービングした後の目線が、ちゃんとボールを追っていることだ(ボールはこの写真のフレームの外だから、ちょっと分かり難いかもしれないが・・・)。それにしても、もう次のシュート練習のためのパスが出されている。ここから立ち上がって、反応するのは相当の反射的動作だ。


<(私がいた)昭和32~34年、当時の都立高校の運動部はかなりひどい環境だったことが分かる。私立の新興校が台頭し、部員の資質も低く、それでもみんな何かの思いを込めて練習し、試合に臨んでいた。「下手なりにチームワークで」という話をしていたら、先輩に「それは違う!(下手でも良いから・・・と言ったかどうかは忘れたが)まず、個人技を磨け。個人技なくしてチームプレーなし」と一喝されたことがあった。後年、仕事における組織と個人ということを考えていたときに、その一言を卒然と思いだした。>

ここに登場する先輩が岡野さんだったと記憶する。
大先輩には違いないが、記事を読んでハタと思えば十歳しか違わない。私たちが高校のころ、岡野さんは20代後半だったのだ。その岡野さんから、クラマーさんという指導者のこと、ワールドカップを将来日本で開催するんだということ、芝生のグランドを作るなければだめだということ、そしてブロリーグが必要だということ、などなどを聞いたのだった。
先見性と優れたセンスの人だったのだ。 

僕の選手としてのレベルについて、部の80年史に、後輩の井垣君がこんなことを書いている。大学1年の時に、高校の夏合宿にコーチとして参加した時のことだ(写真)。井垣君の年代は、なかなか良いチームで関東大会3位だった。僕らはとても及ばない。



大学ではサッカーはやめていた。
大学ではスポーツとは違うことをやろうと思っていた。それに、ユースに選ばれたチームの練習を見に行って、「モノが違う」と直感したこともある。ユース代表のGKの横山、片伯部の2人は翌年それぞれ立教と中央で1年からポジションをとった。横山は後に日本代表になり、さらにその後監督にもなった。相手の動きに反応するために、動物園で豹を観察するという話を聞いて、そこまでやるか・・・、と思った。


2/5(日)

何もせず。

2/6(月)

神経痛、スッキリしない。
NHK「クローズアップ現代+」でフェイクニュースを取り上げていた。
これは、デマ 流言飛語と同じだ。ネットという情報環境の登場、生成、発展は、とんでもない世界を生み出してしまった。


ジャーナリズム=情報の集約、編集、発信=責任/信頼という関係に基づく<存在理由>が改めて問われている。
それにしても、会長か変わるというだけで、NHKニュースが少し変わったような気がする。

2/7(火)

午後、TBSメディア総研立ち寄り。
夕方、「砂場」で市川君と懇談。

2/8(水)

確定申告書作成作業に手を付ける。そういう季節だ。例年は妻との共同作業だが、1人でやることになりそうだ。もともとは、全く任せっきりだったのに、
午後、事務局。
理事改選関係作業。
この会の難しさを考える・・・が、誰かそんな風に考えているのだろうか。

2/9(木)

午後、小石川「茶話会」。学士会館。
製鉄とコンピューターの話はそれなりに面白かった。
懇親会で、在米駐在経験者などとトランプ論。

2/10(金)

確定申告作業、終了。

2/11(土)

朝4時起き。
7時20分の北陸新幹線で次女と孫とスキー。
いつもながら早め早めで予定を組むので、鶴川駅で20分、合流する百合丘駅で15分ほど待つ。寒い。
東京駅の地下の店舗がリニューアル中で駅弁売り場が混雑。それに、週末だ。結構、板やボードを持って歩いている人も多い。
<かがやき>は、大宮の次が長野なので楽。9時前に長野着。
駅から予約のタクシーで樅木山荘へ。
10時半にゲレンデに向かう。
天候は雪。

昼は予約しておいた<やなぎらん>でビーフシチューとフランスパンのサンドイッチ。味に敏感な次女が「美味しい!」と納得。スキー場の食堂としては上出来だ。
夕方4時過ぎに宿に戻る。
一日中雪が降っていた。

2/12(日)

明け方、屋根から大量の落雪。
宿全体が揺れる。聞けば、孫は熟睡していたとのこと。

夜中の降雪で山頂に行く第6リフト運休。リアとしたが雪崩で埋まったらしい。
圧接しているコースを選んで滑る。
孫は昨年からジュニア用の板ではなくてレディースの板に替えた。そのせいだろうか、凄く安定した滑りになってきた。「もう曲がる時に開かなくてもいい?」と自分から言う。エッ!そうなんだ、と思って「もちろん!」というと、ほとんどブライトのパラレルでどんどん滑る。
いずれ自然にパラレルになると思っていたけど、こんなに早く、とは思わなかった。
「あと5年は滑りたいナ」といったら、娘と孫が「いつまででも滑ってそうだよね」「ウン」
と会話していた。

丁度樅の木に泊まっていたTBSの同僚斎藤君の長男が「一本だけ一緒に滑りましょう」と言ってくれた。彼は、インストラクターとして仕事の合間にスキー教師もしている。緩斜面1本だけだったが、孫のためのワンポイントレッスン。「できるだけ早く外足に乗りましょう、板の幅はもっと狭く揃えた方が良い」とツーポイントレッスンをしてくれた。午後、第6リフトも運転再開。早速レッスンの実践。自分でも意識して滑ると、確かに滑りが少し変わったようだ。
彼には、この数年道具を買う時に同行してくれたり、色々適切なアドバイスをしてもらっている。

2時過ぎに宿に戻る。3時半のタクシー。
長野駅で夕食など調達。
7時東京駅。9時前帰宅。
疲れた。

2/13(月)

事務局に行こうかと思っていたが、止める。
休養。
近くの整骨院で調整。
理事会資料など。

2/14(火)

赤坂整体院。
いつもよりきつい感じがするのは、それだけ疲労があるせいだろうか。
担当の横山女史の誕生日が先週だったので、お祝いランチ。同じ日が彼女の長男(3歳)の誕生日。親子同じ日というのは珍しい。
お礼にコロンビアのネックウォーマーとチョコレート。
TBSメディア総研立ち寄り。関根さんからチョコレート。

テレビマンユニオンで今野氏と理事会、「日韓中」対応など。
終わってエル・ブエロ。

2/15(水)ロマン主義とはそういうものである。啓蒙主義・合理主義・普遍主義へのほぼ生理的な嫌悪。

事務局。
予算案など理事会資料。
北朝鮮、金正雲殺害。
「007」みたいな事件だが、世界の劣化は加速度的だ。
安倍のトランプへの急接近は凶と出る可能性がある。

「二十世紀のドイツが何をしたか。また、日本が何をしたか――それは決して、ドイツ・ロマン派ならびに近世国学に唯一起因するものではない。両者がそれぞれ国家悪の元凶だったわけではない。学問とは、無邪気であり、且つ真摯である。しかしながら、右の二つの学問は、民族のメンタリティーの底辺をさぐり、したがってその魂を揺さぶった。ロマン主義とはそういうものである。啓蒙主義・合理主義・普遍主義へのほぼ生理的な嫌悪。近い将来、ドイツと日本が何をしでかすか知らないが、『ドイツロマン派』と『国学』とはその心理的基盤で必ず復活するであろう。」(野口武彦「日本思想史入門」ちくまらいぶらりー89)


この予見は、ドイツロマン派と国学という設定を超えて、反知性主義そして排外的心情という世界的現象への問いかけとして意味を持つ。戦後70年、オリンピックとノーベル賞に民族的プライドを閉じ込めてきた日本で、忘れたふりをしてきた“それ”への渇望の合理化(イデオロギー化)を用意するであろうことは覚悟しておいてよい。
北一輝や「近代の超克」論にどこか執着するのは、それに通じる。


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