HOME > 前川日記 > 前川日記2017.3.1.~3.10. 「スプーンに掬えば春のさざなみのポタージュの皿その上の空」佐々木幸綱 「テクストの外などというものは存在しない」 ジャック・デリダ。久しぶりに「観念論」と「唯物論」というコトバを思い出した。

前川日記

3/1(水) 歸去來兮 田園将蕪胡不歸 

事務局立ち寄りの後、テレビマンユニオンで「日韓中テレビ制作者フォーラム」組織委員会。
大会テーマの検討と実行委員会組織について。
テーマについては、思わぬ議論の展開で面白い方向が見えた。
帰宅してテーマを文章化。
以下の通り。
「第17回「日韓中テレビ制作者フォーラム」in東京 大会テーマ(案)
<田舎暮らし>
 近現代社会において、都市と農村あるいは中央と地方という関係は、きわめて重要かつ深刻なテーマである。近代化の過程で、地方農村部は労働力の供給源としての役割を担ったが、その延長として人間の生活の基盤である共同体の役割は衰退した。都市で暮らす人々は、近代化、商業化、都市化の中で自然との接点を見失い、人間としての活力を低下させてきた。
 自然との接点の回復、人間の共同体としての生活、それを現代人は無意識のうちに渇望しているではないだろうか。「田舎暮らし」とは、近代人の夢であった都会での生活を見直して、地方の町や村で、素朴ではあるがみずみずしい感性と確かな手ごたえのある生活を求める人たちが選択した<生き方>をいう。
しかし、その一方で<田舎暮らし>には、インターネットやコンビニ、宅配などのサービスは欠かせない。ただ単に老後を穏やかに過ごしたいという問題としてではなく、現代社会の病をそこに見るべきではないだろうか。

歸去來兮      帰りなんいざ
田園将蕪胡不歸   田園まさに荒れんとす なんぞ帰らざる

中国の詩人陶淵明の「歸去來兮辭」(帰去来の辞)は、日本でも広く知られ、都会生活に疲れた人が、ふと口にする言葉である。現代の「帰去来の辞」をテレビはどう伝えて来ただろうか近代化における都会と地方の関係を考えたい。

3/2(木) 「テクストの外などというものは存在しない」 ジャック・デリダ

午前10時、上智大学で「日韓中テレビ制作者フォーラム」打合せ。上智大学が、共催者として開催するソフィアシンポジウムの企画について。
日韓中のコンテンツにおける交流をポップな切り口でとらえてはどうか・・・という設定で、中国がどうかかわるか興味深い。
終わって、昼すぎにRと落ち合って26日の続き。
4時間ほど場所を変えて色々会話。ちょっと疲れた。少し正攻法過ぎる傾向がある、彼女には。が、それもいいだろう。

「テクストの外などというものは存在しない」 ジャック・デリダ
<いかなる歴史的事実も語られたもの、つまりはテクストとしてしかありえない。事実は常に解釈され、編集されて伝えられる。とすれば、私たちが報道にふれるとき、なぜこの出来事が報じられ、あの出来事はスルーされるのかも注視しなければ。スルーされた事実もまた別のテクストから知るほかないと肝に銘じつつ。フランスの哲学者の「グラマトロジーについて」より> 折々の言葉 鷲田清一 朝日新聞朝刊 2017.3.3.
ここから、・観念論と唯物論、という大テーマも、また・情報責任、・原情報と「情報」、・編集=情報を形にする、などなどのメディア論的論点も浮上する。・・・唯物論と観念論、大学1年の時に初めて出くわした時の、ちょっとしたドキドキ感が懐かしい。分からなくても一生懸命考える、あの頃はそうだった。

3/3(金)

事務局。
ネットワーク環境、HP作業などについて業者と打合せ。
この業者さんは、TBSメディア総研で世話になった。
4月からHPやPCのメンテナンスが安定するだろう。出来れば、URLも新規にしていろいろ整理したい。メールアドレスの変更など多少煩瑣なことがある。そこをどうしようと半年悩んでいて、まだ悩んでいる。ここまでくれば、エイヤッ、しかない。

3/4(土)

「日韓中」テーマについての懸念。日本の近代とは違うのではないか、「田舎暮らし」の理想化?など。ここでは、原案をそのまま残しておこう。

3/5(日)

何もしないでボーっとしていたい。
で、そうした一日だった。

3/6(月)

メディア総研に久し振りに立ち寄り。

15時、目黒で小石川「茶話会」打合せ。東芝で自然エネルギーの研究をしてきた友人の話。自宅で早くから太陽光発電、そしてボランティアとして子供科学館でおもちゃ作りなど。
めぐろというのは余り縁のない土地だ。庄司氏と駅回りで懇親会場を探した。

3/7(火)

誰が名付けたか<貸本文化会>。メディア総研のブログの書き手たち数人が、あるときに貸本の話題で盛り上がって以来、そのメンバーの集まりをこういう。新しく参加した人1名。
18時半まで待てず。渋谷に寄ってみる。
東急本店の丸善&ジュンク堂は良い。


「上海小吃(シャンハイシャオツー)」
歌舞伎町区役所通り。新宿の魔界と呼ぶ人もいるらしい。日本語があまり通じない不思議な店だが、悪くない。
 
「アメリカの反知性主義」が一応テーマ風だったのだが、話題はどんどん違う方に拡散していく。それが良い。次回は、「芸能人の帽子」と「日本美術応援団」など。

3/8(水)

事務局立ち寄りの後戸隠入り。

樅木山荘のお雛様。
しっかりした良いお人形だ。
戸隠で感じる最初の春の訪れは、この内裏雛だ。


3/9(木)

朝、雪。
出かける頃から陽射し。
今シーズンは、こういうことが多い。


一人休憩。
嘗ては10人を超えるパーティーだったが、この数年は2〜3人。今シーズンはずっと一人だ。午後から陰って小雪混じり。久々の大転倒もあって本日終了。

3/10(金)「スプーンに掬えば春のさざなみのポタージュの皿その上の空」佐々木幸綱

今朝も寒い。
が、朝食のスープは春の香り。

「スプーンに掬えば春のさざなみのポタージュの皿その上の空」佐々木幸綱
ここで、春の朝スープが出るとこの歌を思い出す。

新雪10センチ。
なかなか難しいバーンだが、トップが下を向くようになった。前々回、孫への斎藤君のアドバイスを意識して試している。「板の幅を狭く保って、早く外足に乗る」、後段は前からそうしていたが、前段は<シェーレンに開く・膝を割れ>などと長く言われてきたので、相当意識しないとできなかった。
・・・が、その方がトップの操作はずっと楽だ。新雪の吹き溜まりもスッと入れる。板の幅を狭くそろえても、膝は窮屈にしなくても捌ける。これは発見だった。

そして、明日は<3.11.>だ。


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