HOME > 前川日記 > 前川日記2017.3.11.~20.「明日出来ることは、今日しない」とこの頃思う、歳だろうな・・・。「『ドイツ・ロマン派』と『国学』とはその心理的基盤でかならず復活するであろう」(「日本思想史入門」野口武彦)

前川日記

3/11(土)

<3.11.>
「あの時」のことを、去年の<前川日記>に書いた。再掲。


あの日、スキー場の食堂が大きく揺れて、電灯が左右に振られた。
(写真は、2012.3.11)

今日も、あの日のように穏やかな良い天気になりそうだ。
春はいつもどこか切なく感じるのだが、あれ以来<明るさ>と<虚しさ>が同義語のように思えるのだ。


今日は、滑らずに10時のバスで降りる。
夕方帰宅。

来週は屈託のある週になりそうだ。明日は、何も考えずに過ごしたい。

3/12(日)

スポーツ中継テレビ観戦などで一日過ごす。
女子のマラソン、ゴルフ、バスケット。大相撲、そして夜のWBCは延長に入ったところで寝た。こういうチャンスを逃した試合は負け・・・。

3/13(月)

WBCは勝っていた!
午後、民放連に「日韓中」への在京社協力依頼。
もう3年経ってしまった。前回、この件でひどく疲れた。
その疲労感を体が覚えている。

3/14(火)

赤坂で整体マッサージ。
寒いので、昼はすき焼きランチ。

3/15(水)

事務局。
「日韓中」のホテルの件。
ホテル側が全額前払い要求。何が根拠なのか良く分からないので面談。「営業方針」だという。不可解。
夕方、来週の準備会議については請求書処理で良いという連絡ありとの由。

3/16(木)

高橋君と上野で懇談。
公園花見の準備が済んでいた。
開花予測は来週後半なのに、もう花の咲いている枝があるのは何故だ?

アメ横を抜けて御徒町「籔」。
この店の2階の角の席は落ち着いていい。今日は先客がいたので、今まで気が付かなかった追い込みに上がってゆっくりする。蕎麦屋の昼酒は良いものだ。2時間半ほどとりとめのない時間が過ぎる。


彼の薦めで読んだ「近代天皇制論―「神聖」か、「象徴」か(片山杜秀 島薗進/集英社新書)は凄くおもしろかった。天皇に論点を絞った近現代史は貴重だ。刺戟的。
読みつつ、フト思い出したのが「日本思想史入門」(野口武彦/ちくまライブラリー 1993)の一節。
「二十世紀のドイツが何をしたのか。また、日本が何をしたか――それらは決して、ドイツ・ロマン派ならびに近世国学に唯一に帰因できるものではない。(略)しかしながら、右の二つの学問は、民族のメンタリティーの底辺をさぐり、したがってその魂を揺さぶった。ロマン主義とはそういうものである。啓蒙主義・合理主義・普遍主義へのほぼ生理的な嫌悪。近い将来、ドイツと日本が何をしでかすか知らないが、『ドイツ・ロマン派』と『国学』とはその心理的基盤でかならず復活するであろう。」


ドイツはいざ知らず、日本についていうならば、この15年前の洞察はほぼ当たっているといえるだろう。ドイツに限らず、ヨーロッパ各国のナショナリズムの復権は、やはりそうした情緒と無縁ではあるまい。そして、アメリカはロマン主義を醸成する歴史的時間が少ない分だけ、<ロマン主義>への性急な心情的な傾斜として、より過剰に「啓蒙主義・合理主義・普遍主義へのほぼ生理的な嫌悪」である反知性主義に落ち込んでいるのではあるまいか。

3/17(金)

終日在宅。
何もする気がない。

3/18(土)

今日も何もせず、欝々として過ごす。
「日韓中フォーラム」の支援関係の手順が見えず、滅入る。「ヨシッ」という気力がない。こういう時に「歳かなぁ・・・」と思う。
「明日出来ることは、今日しない」・・・。

3/19(日)

「明日出来ることは、今日しない」・・・と今日も思う。
鬱陶しいことは、やりたくないのだ。
ロンドンのRにメール。

3/20(月)

春分の日だが、春だ!という気がしない。昼の方が長くなる、という実感がない。
少しだけ、実務的作業に手を付ける。
午前中、今野氏にTEL。電話では上手く状況が伝わらないこともあるが、こういうこと?に対するスタンスの取り方が生理的に違うような気がする。すれ違いが残って苦い。
明日か明後日に直接会話にしよう。


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