HOME > 前川日記 > 前川日記 2-17.4.212.~31.「人間はボートを漕ぐように背中から未来に入っていく」。林敏彦さん逝去。早過ぎる死を惜しむしかないが、きっと多くの人の心に様々な思いを残したことだろう。フェイクニュースのこと。「人は、見たいものだけを見る」のであって、それが虚偽であるかどうかは忘れられる。そこから、<虚偽の真実>が生まれる。「天皇機関説事件」読む。また新書だけど、マ、まいいか。

前川日記

4/21(金)

事務局で明日の理事会準備。
会計資料を読むのは、税理士さんの説明を受けても「なるほど!」と上手く理解できないところがある。こういう状態で理事会、総会で報告するのは緊張する。ま、なんとかなるだろう。
明日、理事会前に自宅で予習!


「応仁の乱」読む。
室町という時代は良く分からないのだが、山田風太郎の室町もので俄然興味がわいてきた。
そういうこともあって、「応仁の乱」がベストセラーだというので買ってみたのだが、なぜこれがそんなに売れているのか良く分からない。のっけから人間関係が複雑で名前を覚えるのも大変だし、何が起こったかが判然としない。そういう時代なのだから、それはそれで仕方がないのだが、ではどうしてベストセラーになったのか、やっぱりわからない。
思ったことは、平安末期から江戸に至る約500年、日本は混沌の中にいたということだった。

それにしても、新書の車中読書ばかりだ、駄目だなぁ。
新書が悪いのではないが、きちんとした本をちゃんと読みこなす余裕がない。気力体力も衰えているのだろう。

4/22(土)

決算理事会。
まあ、なんとか終了。

4/23(日)

在宅。
議事録作成。一日仕事だが、ある程度書式(フォーマット)のあるものはそれほど大変ではない。

4/24(月)

清川カントリー。
田澤氏と二人でラウンド練習。
12月以来で、まだゴルフになっていない。

4/25(火)

在宅。

4/26(水)

事務局。
PC、プリンターなどOA機器不調。
総会招集通知発送。出欠と委任状用返信はがき、議事録など同封作業。

夜、NHK「クローズアップ現代+」。
フェイクニュースを取り上げていた。
インターネットの普及段階で、「誰もが情報発信者になれる」と言われていたことを思い出す。「人は、見たいものだけを見る(見たがる)」のであって、それが虚偽であるかどうかは忘れられる。そこから、<虚偽の真実>が生まれる。メディアにとって事実を伝えることの新たな困難さが生まれている。そして、フェイクニュースの規制は合理的か?



4/27(木)

総会向け在宅作業。
理事宛レターなど。

4/28(金)

赤坂マッサージ。
ランチは久しぶりに焼き肉「草の家」。
午後事務局。
総会準備、その他。事務局スタッフの仕事はかなり的確で、感心する。

夜、オイスターバー。

また新書だが、<「天皇機関説」事件>読み終わる。現代史の事件として知ってはいたが、どのような発言が事態を引き起こし、追い詰め、歴史の舞台を回したかが良く分かる。
フェイクニュースと通じるものがある。

4/29(土)

訃報。
林敏彦さん。

総務省の研究会の座長と委員という関係で初めてお目にかかったのだと思う。行政の研究会に出る業界の委員は、業界の利益代表としての発言をしてきたのだろうが、その頃私は業界といえども論理的に思考すること、主張の根拠に客観性があること、そうでなければ説得力を持たないと思っていた。それを林さんは受け止めてくれたのだろう。
そんなこともあって、その後林さんからOSIPP(大阪大学大学院国際公共政策研究 Osaka School of International Public Policy Osaka University)でテレビの話をしてほしいといわれて、阪大の千里の校舎に行ったことがある。


「高度情報化社会の未来学」という学際研究のメンバーに誘われて、2年余り隔月でけいはんな(京阪奈)研究学園都市に通った。けいはんなは京都、大阪、奈良に隣接する。大半が学術研究のそれぞれの専門分野のメンバーで、ちょっと緊張したが、刺戟的で楽しい研究会だった。ゲスト講師の話も面白かった。合間に奈良を訪ねたり、神戸からフェリーになったりしたこともあった。
参加者としてレポート書くことになった。学問的メソッドに縁がなかったので、自分なりの思いを、コラージュというまずは人がやらない(であろう)方法で書いた。林さんから何を言われたかは忘れたが、書き直すことになり、かなり試行錯誤して構成も変更して提出したら「凄く読みやすくなりました」と言われたことを覚えている。レポート集は「高度情報化社会のガバナンス」として刊行された。
そこに書いた「人間はボートを漕ぐように背中から未来に入っていく」というフレーズは、今でも我ながら気に入っている。


林さんは僕と同世代だ。
温厚で会話の幅の広い人だった。「日本でノーベル経済学を取るとしたら青木昌彦さんでしょうが、あの人は学生時代はラディカルな活動家だったんですよ」「ええ、姫岡玲治という名前で60年安保の時はブントにいましたね」という会話は、岡崎のスタンフォード日本研究センターだったと思う。そのスタンフォード日本センターでも、TBSの若手の女性開発担当者が留学生たちに話をする機会を頂いたのだった。
林さんは、阪神淡路大震災の時の人々の行動に、人間の本質的な素晴らしさを見ていた。そこに学的原点が重なっていたのではないかと、私は想像する。

早過ぎる死を惜しむしかないが、きっと多くの人の心に様々な思いを残したことだろう。

4/30(日)

洗濯2度。
タオルケットとマット類など。
晴天だが、風強し。


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