HOME > 前川日記 > 前川日記2017.7.1.~10.おおっ、久しぶりに谷川雁、「精読 アレント『全体主義の起源』」、<批評している間がないほど、表現が疾駆し始めた>、そして金子登喜世さんのこと。

前川日記

7/1(土)乱反射だ

小石川「茶話会」用ノート作成。
来週、クラスメイト庄司氏(東大名誉教授)の「主権者の社会認識」の読書会。読み終わってノートを作った、A4で10ページになってしまった。こちらにそれだけ乱反射を起こさせたのだから、面白い本だったのだ。


7/2(日)

「サンデーモーニング」で東京新聞の望月記者がインタビュー出演。官房長官記者会見で厳しく質問する社会部記者。
プロデューサーの金富氏がFBで紹介していた(写真)ので、<で、TBSの記者はどうしてますか?>と書き込みをしたら、以下のような返信があった。
<前川さん、あえてお答えしたいのですが、私はそういう質問の投げ方をしたいとは思いません。現場の記者の苦衷も少しは知っていますし。「権力の監視」と一口に言いますが、行うは難しということを毎週感じています。ある種のテレビ固有の状況も含めて、現場の記者達はその最前線にいるわけで。そういう質問は私にはできない気がしています。それぞれの持ち場で何ができるかを考えたいと思います。>
以下、書き込みの往復。


<良く解ります。あなたの言うようにTBSの記者やディレクターたちが苦衷苦渋の中にいて、真摯に悩んでいて欲しいと思います。あなたから問えなくても、そういう問いを問われるところにいることも避けられないと思います。「当然です」という答えが返ってくると思いますが、それでも「そうあって欲しい」と思っているのです。>
<ありがとうございます。前川さんのような先輩から、そんなことを言って頂くと、現場の彼らは励まされると思います。我々も。
今回の企画に当たり「天唾じゃないか」という議論はありました。それでも「やるべきじゃないか」というのが我々の結論でした。>
<強く同意します。そういう議論が成立することが大事です。良いチームですね。>

ツィッターで望月記者への書き込みの酷さに救いがたい何かを感じる。
それにしても、官房長官会見の政治部記者たちは何をしてきたのだろう。何も?!

7/3(月)

都議選自民大敗。
・・・とはいえ、メディアは小池百合子の危うさに気づいていないのか。
民新、何となからないか、社民衰退後、唯一はかない期待があるのだが。

スニーカー洗う。
「日韓中テレビ制作者フォーラム」ギクシャクしている。
心配だが、何かしようとすると、かえってぎくしゃくが増幅する。

7/4(水)<精読>できるだろうか

「精読 アレント『全体主義の起源』」を読み始める。凄く面白い。
これも「茶話会」読書会の余波。で、<精読>できるだろうか。
その後に、カール・シュミットの「政治的なるものの概念」などが待っている。


7/5(水)批評している間がないほど、表現が疾駆し始めた。

「TBS調査情報」最新号に“放送批評の相克”(集中連載)掲載。上智大学音教授。あと何回の連載なのか、そして執筆者もリレー形式なのか分からない。取り敢えずの感想だけノート。
批評が表現者を育てるというが、テレビの世界では批評が制作者を育てただろうか。先駆的制作者がこの世界を開拓してきたし、映画演劇等々の先行する批評理論に有効性のない分野だった。批評している間がないほど、表現が疾駆し始めたのだ。それだけのエネルギーがあった。それは表現者のエネルギーであり、時代のエネルギーでもあった。
芸術批評の方法によるテレビ批評は躓いた。
何故なら、テレビは<芸術の拒否>の上に成長してきたからだ。
<「時間」をすべて自ら選択し内面化したあとで、それを「作品」として呈示することを「芸術」とするならば、時間を追うことによってのみ、独自の表現をもとうとするテレビは、芸術の第一義的本質を欠いている。非選択的、非永遠的、非作品的……etc。それは、いわゆる「芸術」からみれば、「テレビ、お前はただの<現在>に過ぎない」となるだろう。>
「お前はただの現在に過ぎない テレビに何が可能か」(萩元晴彦 村木良彦 今野勉・田畑書店 1969)


同じ号に、金平氏が「調査情報」編集者の金子登紀世さん追悼にページを割いている。彼女の闘病について、ごく限られた人しか知らされず、私は知ってはいたが知らないことになっていた。一度退院して「良かった」と思っていたが、やはり再入院するという話を聞いたときは、<やっぱり・・・>と思ったものだった。治療を続けながら仕事を放さず、随分頑張っていた。訃報を聞いて<そうか、そうだったか・・・>と思った。葬儀も限られた人しか参列しなかった。私もお別れをする機会がなかった。
優秀で魅力的な編集者だった。「調査情報」が再刊した時からのスタッフで、私がTBSメディア総研の社長になった時、実態のない会社に何か形のある仕事をしなければと思って最初に実現したのが「調査情報」の編集業務を本体の編成局からメディア総研に移管することだった。オフィスもメディア総研と同じビルの1階下に移した。もう10年も前のことだろう。


埋没しがちな仕事を粒立てる効果はあったと思う。
当初は、編集長と三人の女性スタッフがいたが、強力なチーフの急逝の後、金子さんが一人で支えてきた。華奢に見えるがタフな人だった。
彼女について色んな記憶があるが、2011年の秋に、東北の被災地の視察は印象深い。
(写真は岩手県田老海岸:破壊された堤防の上の金子さん。2枚とも)

去年の正月明けに、「一度食事でも」「是非」というメール交換が最後だった。


朝日新聞夕刊に「1968年 谷川雁らが『サークル村』創刊」(「あのとき それから」欄)掲載。
おおっ!谷川雁、久しぶり。
華麗にして難解なレトリックとメタファ―に難渋しながら魅せられた。
「原点が存在する」「工作者宣言」「戦闘への招待」そして「影の越境をめぐって」、タイトルを見ただけで何やら怪しく危ういものが伝わってくるではないか。詩人とはそういうものだ・・・ということなのだろう。

7/6(木)

サラダ記念日。
俵万智の登場は新鮮だった。
 
5時半歩きに出る。
「朝焼けの空にゴッホの雲浮けり捨てなばすがしからん祖国そのほか」
佐佐木幸綱
俵万智を最初に評価したのが佐佐木幸綱だという。

「敗者の想像力」(加藤典洋)読みだす。

7/7(金)

早目に事務局。
「日韓中」関係調整。

7/8(土)

歩く。
歩くのは気持ちが良い。辛そうに走るよりシャキッとする。

打合せ資料作成、今野氏にFAX。


7/9(日)

左手首の痛み、薄れる。
暑い。

7/10(月)

上智大学音教授打合せ。
今野会長。「日韓中テレビ制作者フォーラム」関係。
上智は新館が完成して都心の大学として益々上昇機運。
終わって事務局。難問アリだが、今日は余り触らないでおこう。


帰りに駅前の書店に立ち寄り。「文藝別冊・俵万智」買ってみる。
この書店、大分書店らしくなってきた・・・と言ったら「ホントですが!」嬉しそうだった。いわゆるチェーン型書店だが、寄ってみる気になる本屋が最寄駅前にあるのは良いことだ。
ところで「サラダ記念日」、創刊された時に読んだいくつかの短歌の印象は忘れがたい。どこかにひっそりとししまってあった“ドキドキ感”を掘り起こされた感じがした。一過性のヒットかと思ったけど、そうではない。ここまでくれば本物だ。これだけの識者たちが論評するのだから。・・・少し単調になってきた感じもするが、枯れてきたのか?
彼女の男の子の話が何となく伝わってきて、それがなかなかいい。電子書籍の話題で、「コミック本のページを捲る時に顔に風があたるのが好きなんだ」とか「先生が前を向け前を向けって言うんだよ」「あんたが横向いてるからでしょ」「でも、俺が向いてる方が前だと思うんだけどな」、など。 


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