HOME > 前川日記 > 前川日記 2017.9.1.~10. 「新聞は世界を一つのまとまったもの(パッケージ)として示すけど、テレビはそうではない」、「だって、テレビはパッケージの対極にあるメディアだから」。ついでに、「あなたは絶対に鬱にはなりません」と言われた、50年前の話だけどネ。

前川日記

9/1(金)

赤坂マッサージ。その後、事務局立ち寄り。
夕方、学士会館で小石川02E「茶話会」打合せ。スピーカーは朝日新聞記者OB。
打合せ後の雑談で、「新聞は世界を一つの塊(パッケージ)として呈示するけど、テレビはそうではない」、「いや、テレビはパッケージの対極にあるのだ」、など。


「イケズの構造」(入江敦彦 新潮文庫)。
「イケズの本領は<論争の本筋から微妙に外れたたところへ、抜群のタイミングでイケズ爆弾を落とす>・・・<出鼻を挫き、揚げ足を取り、重箱の隅をつつき、痛くない腹を探る。心理的ウィークポイントを探っているのです。>ここを読んで恍惚とならない人は、言葉の兵法について一度も考えたことがない人である。私はチェ・ゲバラの『ゲリラの戦争』を読んだときと同じくらい感動した」。(斎藤美奈子の解説)

その前に読んだ「京都ぎらい」(井上章一 朝日新書)には、こうある。
中京区新町御池生まれの男が、国立民族学博物館の方言コーナーで西陣出身の梅棹忠夫が京都弁の朗読をしていると聞いて、「京都を西陣のやつが代表しとるんか。西陣ふぜいのくせに、えらい生意気なんやな」といった話が出てくる。西陣は京都の外れなのだ。
洛中の女性に山科から縁談があった時、「もう、かんにんしてほしいわ」といったという。そのわけは、山科なんかに行ったら東山が西に見えてしまう、ということだそうだ。
洛中洛外の差はこれほどらしい。
でも、「梅棹忠夫の京都案内」は面白かったけどね。入江、井上両氏も京都人。
京都は奥が深い。パッセンジャーとして経験するのが良いらしい。

9/2(土)

何もせず。

9/3(日)

何をしただろうか。

9/4(月)

小雨。
護国寺、墓参。
事務局立ち寄りの後、民放連「客員研究会」オブザーバー参加だが、もう結構長くなる。6年になるだろうか。

9/5(火)

金曜日の「小石川 茶話会」打合せで、「新聞はパッケージとして世界を呈示するけど、テレビはどうか」という議論について、少し整理しておきたいと思った。ふと、思い出して「デジタル時代の放送を考えるために-放送メディア論ノート-」(民放連編<放送ハンドブック>序論)の原稿を読み返し、それに「お前はただの現在にすぎない テレビに何が可能か」(田畑書店)のキモの部分を抜粋。「テレビは非芸術反権力」など。
<放送人ブログ>に掲載した。

9/6(水)

「日韓中テレビ制作者フォーラム」実行委員会。事務局。
誰が何を担当するのか、その場合何時、何処に、集まって、どう行動するのか、いま一つ明確でない。仕事の仕方は人それぞれとは思うが、どうもよく見えない。
終わって、赤坂見附のテラスで、今野、河野、隈部氏らとワイン。

9/7(木)

町田市民病院。脳MRI。
ランチは小田急デパートで寿司。

9/8(金)

今日も市民病院。
腹部MRIと超音波内視鏡検査の結果診断。
膵臓の症状に変化なし。警戒すべき兆候なし。継続観察。1年後に改めて検査とのこと。


午後、事務局。
夜、赤坂ドイツ料理「アイヒェンプラッツ」。
メディア総研時代の永井氏(パナソニックOB)、関根秘書。
他愛のない会話が楽しい。

「葛飾北斎の本懐」読了。いつの間にか日本美術好きになってしまった。

9/9(土)

洗濯、キッチン掃除、など。
陸上100メートル、9秒98出る。
多分、何人かが続く予感。

9/10(日)

明け方目が覚めると、これから自分や家族はどうなるのだろうか、どう生きていくのが良いのだうかと自問している自分に気が付く。
老人性鬱か。
ドラマ制作時代に、精神科に関する話だったので専門医に話を聞きに行ったことがある。
ついでに「私の場合は?」と聞いたら「あなたは絶対に鬱にはなりません」と言われた。50年前の話だけど、この歳になってもそうなのだろうか…。


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