HOME > 前川日記 > 前川日記 2018.2.1.~15.HBCドラマ「風船の上がる時」(1972年)を見る。北海道の自然が、街が、風景ではなく心情として、時には<意味>として、見る側に差し出される。ディレクター守分氏の存在理由がそこにあった。・・・そして、ポーランドのことを考えた。

前川日記

2/1(木)

定期健診。
終わって駅前にできた鞄・靴修理の店に立ち寄り。
鞄好きなので、いくつも持っているが気に入っていたものは修理したい。ズック製のバッグの内か世話のファスナー修理。1万円で開店サーヒース期間なので20%OFFという。高いような気もするが出してみる。
鍵のコピーもするという。一つ気になる鍵がある。頼んでみるか‥。
午後、リクライニングでうつらうつら。気持ち良く小一時間。
日記をFBにアップ。
色々やることはあるのだが手につかず。
夜、寝る前に外を見ると予報通り雪が降りだしている。積もらないと良いが。

2/2(金)

5センチほどの積雪。
先週ほどのことはなく、まあ良かった。

2/3(土)

朝、長女が来て「節分だよ」といって升に豆を入れて持ってきた。毎年のことだけど、こういう習慣を何時から覚えたのだろう。確かに、子供の頃何度か家で豆まきをしたことがあるけれど。この家に来てから「豆播きしよう」というようになった。何となく嬉しい。
一昨日行った駅前の店に鍵のコピーをしてもらおうと出かけたが、「この対応に対応する型の在庫は当店にはありません」という。鍵もメーカーや種類によってパターン化されているらしい。「町田の東急ハンズにキー専門ショップがあるのでそこに行ってみてはどうでしょう」と情報提供してくれた。

2/4(日)

キッチン、洗面台、など掃除。


HBCドラマ「風船の上がる時」(1972年)を見る。
北海道の自然が、街が、風景ではなく心情として、時には<意味>として、見る側に差し出される。ディレクター守分氏の存在理由がそこにある。(OA画面再撮)

2/5(月)

町田東急で鍵のコピー依頼。
4日ほどかかるという。2700円。二つ作ろうと思ったけど、一つにする。

2/6(火)

確定申告の書類を書こう思ったら、株の売却の計算は書式Bだということが判明。
いつもAなので税務署からはAが送られてきている。Bは市役所の支所のような市民センターにも置いてあることが判明。その他、取引報告書、取得の証明書類など必要だという。
作業を中断して、さてどうしようと考える。必要なものが揃ったところで確定申告相談窓口に行く方が早そうだ。TBSの総務、証券会社担当者などに電話、申告関係電話相談にも。

2/7(水)

事務局に行く前に、鶴川市民センター立ち寄り。
事務局では、経費支出実績の集約と予算関係。故大山勝美氏の寄付金の運用規約関係など規約改定について協議。終わって、総務委員関係者で一献。10時過ぎ帰宅。駅のバス待ちが長くて、立ったままで寒かった。

2/8(木)

次女来る。
古いブルゾンやヤッケのウェストのゴムが伸びてしまったもの2着、気に入っていたので直しを頼んでおいたものを持ってきてくれた。アパレル業界にいたので、店の情報や修理のポイントなどを心得ている。ヤッケは、春スキーの時に着られそう。柄のデザインが良い。
昼、町田東急ハンズ、鍵引き取り。
帰宅してチェック。開閉に問題なし。定型ではない鍵のコピーは難しいらしい。

園木氏逝去の知らせ。
高校時代の友人で、ナイスガイだった。毎日新聞記者。高校時代から新聞記者になりたいといっていたと思う。率直で正義感が強く、気持ちの良い友だった。
また一人、良き友が逝ってしまった。

2/9(月)

確定申告で町田まで。
例年、自宅で書き込んで提出してきたのだが、今年はチョット事情で確定申告Bになってしまった。電話で問い合わせたり、ネットで探ってみたりしたけどどうもよく分からない。今日から申告なので、所定の受付場所に行って相談しつつ、そのまま申告してしまえばそれで良いだろうと思って出かけた。
8時45分からなので30分前に着くように出たのだが、電車の接続クの都合で15分前到着。ざっと見て150人は並んでいるだろうか。初日は混むと聞いていたが、やっぱりという感じだ。
定刻に入口が空いたが、建物の中に入っても少しずつ進むだけ。廊下は寒いし部屋は暖房と人の混雑で空気が悪い。インフルエンザの温床だ。そうだなんコーナーもパソコン入力も立ったまま。終わったのが12時。4時間半立ったままというのは流石に疲れた。まあ、脚は丈夫な方だけど。高齢者が圧倒的に多い。時々見まわして、ちょっと心配した。

町田小田急の食堂で昼食。
午後、事務局。資料をコピーしてテレビマンユニオンで今野氏と打合せ。
終わって、エルブエロ。
10時帰宅。長い一日だった。

2/10(土)

石牟礼道子氏 死去。
また、時代が一つの曲がり角を曲がった。

「日韓中テレビ制作者フォーラム」関係の書簡下書き。
夕方、次女と孫と合流して戸隠へ。
8時、樅の木山荘着。
連休で流石に混んでいる。

2/11(日)

ゲレンデも賑やか。
昼頃から陽射しが出てホッとする。


ゲレンデ内レストランでランチ。馴染みということもあって、内々に予約をしておいたが、原則予約なしとのこと。数組待っているスキーヤーもいる。次女は「これは申し訳ないよ」という。明日は予約なしにしよう。
孫たちはラクレットチーズランチ。自自分は軽食で良いということで、豚トロステーキとバケット、赤ワイン。適量だった。
午後も、しっかり滑って夕方宿に戻る。

2/12(月)

一日雪。
新雪を楽しむ。中二の孫は、踏んでないふかふかの雪を面白がっていた。
急にこの一年で背が伸びた。新しい板は、来シーズンのことも可が得て身長より長いものにした、昨日は「長いね、この板」と言っていたが、今日はすっかり慣れて緩斜面では結構離れずに追いかけてくる。ほとんどパラレルで滑っている。これだけ滑れればこちらも気が楽。あまりセーブしないでイイ。小回りでコントロールしないので、孫も大きく滑るようになってきた。もう少しだけ膝が前に出ればもっとカッコよくなる。今シーズンあと一日滑れる良いのだが、スイミングの試合や合宿で無理という。残念。
17時の列車で帰る。
20時過ぎ帰宅。

2/13(火)

一日在宅。
テレビはオリンピックで盛り上がっている。ちょっと無理があるかな…。

2/14(水)

今朝の朝日新聞がポーランドの元大統領、というか民主化のリーダー、レフ・ワレサを特集している。
私たちの世代にはポーランドに関心を持つものが多い。シンパシーといっても良いだろう。
スターリン体制化の東欧で、不条理への反抗といった心情や、「灰とダイヤモンド」のアンジェイ・ワイダをはじめとするポーランド映画への共感も強い。東欧民主化の流れの中で自主管理労組「連帯」のニュースは<希望>に思えた。


旧体制最後の指導者ヤルゼルスキーと代表的知識人アダム・ミフニクとの対話は興味深かった。社会主義体制の政治指導者・軍人のインテリジェンスに感心した。ここにもポーランドという国の個性があるように思った。日本の思想家と政治家の間ではこういう会話は成立しないだろう、そう思ったのだった。


アンジェイ・ワイダの死を知った時の日記。
「放送人ブログ<前川日記>2016.10.1.~10.」
アンジェイ・ワイダが死んだ。「灰とダイヤモンド」「地下水道」の衝撃は忘れられない。個人の生き方と時代との不条理、屈折、などなどについて映画を通して知った。当時の日本に通じるものがあった。政治と文学の関係を考えた。書棚の奥を探したら「灰ダイヤモンド」のプログラムがでてきた。よく取ってあったなぁ・・・。映画はモノクロなのだが、プログラムの表紙はカラーだ。
製作は1958年、日本公開は1959年になっている。 


2/15(木)

神田でスキー用のヘルメットとゴーグル購入。
正月に次女の板を買った時に配送代引きにしたのだが、今日そのポイント交換をしようとレシートを持って行ったらしたら、「支払いから一か月以内でないと無効です」という。聞いてなてなぁ…といったら、「ここに書いてあります」だって。10日のズレでNG。
その後、学士会館で高校時代のクラスの集まりの打合わせ。21時帰宅。


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