HOME > 前川日記 > 前川日記 2018.3.17.~4/1. 季節の変わり目は、自然の中にいると特に強く感じる。春の終わりは切なく哀しい。静かなシーズン終了かと思っていたら、訃報だ。PCのリカバリーで疲れた。花粉症の初心者で苦戦中。

前川日記

3/17(土)

日下部氏が中国・延安からからFBに投稿している。
中国は大分あちこち行ったけど延安は行ったことがない。中国革命の根拠地だ。
リービ英雄に「延安」というルポルタージュ文学があって、佳作である。アメリカ育ちの作家が日本語で作品を書く。書架を探したがどこかに紛れて見つからない。

3/18(日)

3月日記の前半アップ。
花粉症らしい。
今まで罹ったかかったことがなかったのに、どうしたのだろう。この2週間、時々激しくくしゃみが出る。
花粉症の人にこれまで同情していたのに、そんなことを言っていられない。特に、夜中のくしゃみは辛い。

3/19(月)

事務局立寄りたちより後テレビマンユニオンで今野氏と打ち合わせ。
韓中へのレターの確認、来期の課題など。
「日韓中テレビ制作者フォーラム」に区切りをつけて、放送の規制問題やBPOとの共同企画などの議論をしたいということで一致。
終わって、ELUBUERO。

3/20(月)

雨、寒い。
久しぶりにTBSの20階役員フロアー。Z氏と懇談。彼の人柄はよくっているが、まったく変わらない。とりとめもなくアレコレと話したが主題は法制度についTBSの対応。
OBとしてあまり言うのは好ましくないが、気になる。何処で<彼らの>の論理を切り返すか、それが問題だ。彼らよりも一つ深いところからの論理構築が必要。多分そこができていないだろう。さて、これからどうしよう。

3/21(火)

昨日よりもっと寒い。
来週のゴルフに備えて打ちっ放しに出かけた。雪が降りだしていた。

1年前の日記にこんなことを書いている。


<「二十世紀のドイツが何をしたのか。また、日本が何をしたか――それらは決して、ドイツ・ロマン派ならびに近世国学に唯一に帰因できるものではない。(略)しかしながら、右の二つの学問は、民族のメンタリティーの底辺をさぐり、したがってその魂を揺さぶった。ロマン主義とはそういうものである。啓蒙主義・合理主義・普遍主義へのほぼ生理的な嫌悪。近い将来、ドイツと日本が何をしでかすか知らないが、『ドイツ・ロマン派』と『国学』とはその心理的基盤でかならず復活するであろう。」(野口武彦「日本思想史入門」)
ドイツはいざ知らず、日本についていうならば、15年前に書かれたこの洞察はほぼ当たっているといえるだろう。ドイツに限らず、ヨーロッパ各国のナショナリズムの復権は、やはりそうした情緒と無縁ではあるまい。そして、アメリカはロマン主義を醸成する歴史的時間が少ない分だけ、<ロマン主義>への性急な心情的な傾斜として、より過剰に「啓蒙主義・合理主義・普遍主義へのほぼ生理的な嫌悪」である反知性主義に落ち込んでいるのではあるまいか。>

3/22(木)

この数日かかっていたPCのリカバリーとその後始末がようやく終わった。
去年の秋にウィンドウズ10に自力でバージョンアップしてやれやれと思っていて、その後特に問題なかったのだが、今年に入ってなんとなく不具合が出てきていた。ネットのつながりが悪かったり、デスクトップ画面表示が不調だったり。プロバイダーに聞いてみてもらちが明かない。メーカーの東芝のカスタマーサービスに問い合わせたら、Windows10へのバージョンアップが原因ではないかという。8.1仕様のものを10にすると不具合が発生することがあるという。「10にしろ10にしろって言ってたのにね」、「マイクロソフトさんはそう言いますけどね」・・・「で、どうすればいいのだろう」「8.1に戻せば解決するでしょう」「わざわざ戻すの?」「はい」、というわけでリカバリーということになった。データをバックアップし、リカバリー用のUSBを用意する。東芝の専門スタッフにリモートでサポートしてもらって終了。そこから、ネットとメールを接続し、ウィンドウズを再インストール、メールと「お気に入り」をインポート、ここまででほぼ一日。翌日から、プリンター、スキャナーの接続、写真、音楽、筆まめ、などのソフトの再インストール、そしてアンチウィルス措置、などなど。
ほとんど、一週間かかった。疲れた。

3/23(金)

事務局。
「日韓中テレビ制作者フォーラム」の今後について、韓国中国宛の会長書簡送付の段取り確認。
夜、寝ようと思っていたところへ電話。現場のころに仕事仲間だった大蔵タカちゃん。一緒に仕事をしていて一番気の合ったTKだった。昔話などアレコレ。懐かしいやら楽しいやら。でも、どうしたのだろう、急に。きっと昔話をしたくなったのだろうな。

3/24(土)

来週火曜日に箱根でゴルフの予定だが、雪の影響はどうなのか電話。今日はクローズという。が、火曜日は大丈夫でしょうというので宅急便手配。暮れから気になっていた庭の雑草の処理。根の強い草の塊で、スコップで掘っても抜けず、除草剤もすぐには効かない。今日ようやく根の塊をを掘り起こして抜いた。

3/25(日)

何もせず。
書評依頼のある本を数ページ読んでそのままにしてしまった。
花粉症、そのまま。

3/26(月)

事務局。

学士会館で小石川茶話会打ち合わせ。
Kさんの話題提供についてアレコレ。
当時、母校は女子生徒が1/4だった。旧制の男子校はおおむねそういう比率だったと思う。女子生徒たちは苦戦していたのではないだろうか。その中で、現役東大合格という成績優秀な人もいた。その一人と卒業間際に文通したことがあったっけ。
「日韓中テレビ制作者フォーラム」韓中宛レター翻訳終了。夜、今野さんに転送。水曜日に署名受け取りの段取り。

3/27(火)

箱根カントリー倶楽部。
去年の暮れ以来のゴルフ。
このゴルフ場は、さすがに名門といわれるだけの雰囲気とレイアウトだ。
ゴルフは年々ひどくなる。
帰り、湯本まで車で送ってくれたのだが、途中車の窓を開けた途端に花粉症の症状激しく、辛かった。ロマンスカーの中もくしゃみが止まらず。

3/28(水)

朝、テレビマンユニオンで韓中宛レター翻訳版に会長署名、受け取り。事務局で郵送作業に入る前にもう一度見てみたら、翻訳コンテンツの受け渡してありがちな<文字化け>を発見。業者と至急調整して改訂版受け取り。ユニオンまで再度往復。夕方航空便発送。やれやれ。
帰宅途中でSMBC赤坂支店の副支店長から電話。4月に異動するとのこと。金曜日にちょっと寄りましょう、ということにした。

3/29(木)

昨日の文書発想で、この数週間の緊張から少し解放された。
呆然としたまま時間が過ぎる。
いずれにせよ。あと一山二山何かあるだろう。

3/30(金)

最後の戸隠。
出がけに赤坂でSMBC副支店長にご挨拶。キャリアーの女性で今度は荻窪支店長に昇進だそうだ。今、銀行の女子社員はほとんど4大卒採用で窓口業務も同様だという。高卒採用は既にない。
夕方樅の木山荘入り。

3/31(土)

朝はマイナス気温で空気もしゃんとしている。だが、ゲレンデに出てメノウ山頂でリフトを下りれば、遠く北アルプスはどこか霞んで「ああ。春だな」と思う。
10時半までは凍ったいいバーンだ。ほんのちょっとお茶で一休みしている間に、ぐずぐずのバーンになってしまった。
ランチはやなぎらん。今朝仕入れたばかりの初物のアスパラガスのラクレットチーズ焼き。歯ごたえの良さと口に広がる甘味に感動。付け合わせの蕗の薹のほろ苦さ史の組み合わせが絶品。ゲレンデでこんな贅沢をしてよいものか、と思う。去年はズワイガニで仕上げだった。
樅の木山荘前は、残雪が溶けて水となり勢いよく流れている。季節の変わり目は、自然の中にいるととても強く感じる。春の終わりは切なく哀しい。
夜、放送人グランプリ関係で電話。いろいろあるなぁ…。

4/1(日)

朝マイナス温度だったら一本だけ滑ろうかと思っていたが、玄関の温度はすでにプラス。滑らずに荷片づけ。スキーのワックスを落とし、ブーツも綺麗にしてシーズン終了。今シーズンからの新しい道具たちも頑張ってくれた。穏やかなシーズン終了だ。
・・・と思っていたら, 長野駅のホームでホープさんからTEL。樅の木山荘と最初に縁ができたのはホープさんと和泉さんだが、その和泉さんの夫人片岡藍子さんの訃報だ。以前から癌の症状についての話は聞いていたけど、一昨年、昨年と会った時は体調の不調を訴えることもなく、普通に日常生活を過ごされている様子だったのに・・・。和泉さんはこの冬入院していたのだが…。
夕方帰宅。



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