HOME > 前川日記 > 前川日記 5/1(火)~14.今まで書き散らしたものをまとめて活字化しようと数年前から思っていたのだが、ようやくなんとなく形が見えてきた。Ⅰ.テレビについて Ⅱ.My History.自分について、といったところだろう。

前川日記

5/1(火)

郵貯銀行に行く。多少の定期貯金が満期。
忙しくしていて家計のことに構わなかった頃、家人が手配したものだ。

5/2(水)

赤坂でマッサージ。
マッサージ師さん第二子が生まれるのでまもなく休養だそうだ。
昼食はグラナータ。久しぶりにアーリオオーリオ。シンプルで好きだった。
その後、事務局。「日韓中テレビ制作者フォーラム」韓国大会の準備会合対応。
万事連休明け。

5/3(木)

今日から三日間軽井沢でゴルフ。長女、次女の夫たちと。
朝、雨。4時前発。上越の山は霧の中。
ゴルフ場に着いて様子見をしているうちに回復。それにしても寒い。
などと言いつつ、1.5ラウンド。

5/4(金)

スタート前に雪舞う。ちょっとびっくり。
一日中寒い。着られるものはみんな重ね着。
今日も1.5ラウンド。

5/5(土)

晴れ。風強い。
昼食後ゴルフ場発。軽井沢中心部を避けて上信越道へ。
関越の渋滞は想定通り。
8時帰宅。

5/6(日)

洗濯。
昨日からテレビが不調。電源を入れて数分すると音が中断してミュート状態。
JCOMに問い合わせてリセットして回復。

5/7(月)

ホープさん宅訪問予定延期。
「日韓中テレビ制作者フォーラム」の準備会合について、韓国との連絡状況確認。
事務局長予定の千葉氏に英文レター準備を依頼、など。

5/8(火)

休養。

5/9(水)

事務局。
総会関係総務委員会。
終わって数人でワンショット。大衆酒場で一時間ほどしたところで、火災報知機が鳴りだして止まらず。地下の店で出入り口の様子など確認したが、誰も大して騒がず。20分ほどしたところで消防署が来て対処。ビルの外に出て見ると、その店だけでなくビル全体の防火システムに異常があったようだった。消防車が来ていた。

5/10(木)

テレビマンユニオンで今野氏と打ち合わせ。
思いのほか早く終わったので、表参道をブラブラ下って太田記念美術館。「広重 名所江戸百景」。冷たい雨が上がって、暖かい陽ざし。初夏の表参道が戻っていた。浮世絵好きらしい外人もたくさん。


今まで書き散らしたものをまとめて活字化しようと数年前から思っていたのだが、1年ほど前に大学の後輩が出版関係にいたのでそのことを話したら、手伝いましょうと言ってくれていた。どうしたらいいのかイメージが今一つ掴めないままに放っておいたのだが、ようやくなんとなく形が見えてきた。
Ⅰ.テレビについて Ⅱ.自分についてといったところだろう。
民放連関係など少しまとまったメディア論、TBSメディア総研、放送人の会、などのブログ、日記形式のものなど。
PCなどに残っているデータを項目別に整理し始める。結構根のいる作業だ。
写真、図版、どうしたらいいのか、縦書き横書きどうしよう、などなど。

5/11(金)

ゴルフ<6の会>。太平洋相模。
60年代に入社した集まりだけど、64年入社の私と同期の者を除くと上は一人しかいない。
それにしても、この1週間で5ラウンドだ。
帰宅すると、MBSの長井氏から<じ~んレポート>(JNN系列の報道関係を中心にした有志の刊行物)への寄稿以来。もう第一次情報から遠い立場だが、放送制度関連が話題になっているので、10年前のことなどとオーバーラップさせて書いて見ようかな、という気になる。

5/12(日)

継母の命日が近いので墓参。音羽護国寺。
父、生母、継母の命日が近づくとここで兄と会うのが慣例になっているのだが、今日行くといつもなら先に来ている兄がいない。植込みの手入れをしていたら、義姉と一緒に兄が来た。「どうしたの?」と聞くと「病人だから」という。脳梗塞が再発して右手に障害が出ているという。脳梗塞の発症は私のほうが早かったのだが、ほどなく兄も発症したのだった。お互いに軽度で後遺症もなかったのに、今度は向こうが先に再発したのだった。言葉はなんの異常もなく会話ができるが、右手の後遺症は不便だろう。リハビリの効果があると良いのだが。
三人で昼食。兄が「こんなものが出てきた」といって、両親それぞれの遺書や手紙、写真などを持ってきていて、「そっちで持っててくれ」という。何点かは今までにも見たことがあるものだが、初めてのものもある。

家に帰って改めて取り出しが、70年以上前のものもあって、インクが薄れて判読し難いものもある。スキャンして拡大すると何とか読めるが、それでも「なんて書いてあるのだろう?」というものもある。当時の崩し字が読めないもの、病床で字を書く力がなくて判読不能の部分など。何とも切ない。生母の記憶はほとんどないが、写真は美人だ。その生母の辞世の歌は、まことに複雑な思いを遺してくれた。
終戦直後、まだ30前だった。
この様々な思いもこれも、自費出版の「自分のこと」に入れることになるだろう。

5/13(日)

午前中パソコンに向かってキーボードをたたこうとすると、左手の肘から先の筋と掌に違和感がある。神経性の軽いズキンというかツーンというか、の感じがある。力が入らないということはない。打つキーがずれてしまうということもない。昨日の兄の話の後だから、ちょっといやだな、と思う。会話も顔面も異常はない。明日、いつも行く医者に相談しよう。落ち着かないまま一日が過ぎる。
その間に、FBで何人かとやり取りしている間に、どういうわけか学生時代の写真を取り出すことになってしまった(大学2~3年次 八ヶ岳山麓)。


TBSの後輩の山好きの女性と「戦後っぽいですね」「なんてんたって社会思想研究会だから」「前川コラムの原点ですか」「OH YES鋭い」などとFBで会話。


5/14(月)

電話で医院に相談。11時半に来るようにという。
行ってみると問診の後、手足の関節,手の指の反応などをチェック。血液検査。頸椎系かもしれないという。最近の状況を話すと、ゴルフは首の負担が大きいから今月は休みましょう
という。取り敢えずの薬の処方。
午後、事務局。総会の委任状提出状況など。


エントリーリスト