HOME > 前川日記 > 前川日記 2018.6.1.~16.77歳か・・・。この後どうしよう。

前川日記

6/1(金)

14時 テレビマンユニオン。「日韓中テレビ制作者フォーラム」準備会報告。
今野、河野、隈部、渡辺、深尾、前川。
終わって表参道でビールでも、となったのだが、4時の青山通りでは格好の店が見当たらない。エイままよ、と入った店がこんな時間によくまあこんなに人がいるものだと思うほど混んでいる。特に隣の若い女性たちの嬌声で耳が疲れた。

6/2(土)

光州日記を放送人ブログに書こうとメモと写真をアレコレ。
疲れているのだろう、ボーっとして一日が過ぎる。

6/3(日)

洗濯など。
ブログアップ。
自費出版の構成やデータ確認整理。
結構大変な作業になりそう。

6/4(月)

出版の相談で大学の後輩、元講談社の阿部君に会う。渋谷。
いろいろアドバイス。
横書きがベースなのでそう思い込んでいたが、「一般的には縦書きのほうが読み易いですよ」と言われてびっくり。
その他、いろいろアドバイスあり。
夏過ぎに校正編集、秋に出版社打ち合わせ、年明けに出来上がり・・・というつもり。うまくいくと良い。タイトルとカバーデザインを考えよう。

6/5(火)

何をしたのだろう。

6/6(水)

事務局。
総務委員会「日韓中テレビ制作者フォーラム」対応。
終わって、麹町界隈で一献。

6/7(木)

午前中 定期検診。
帰りにユニクロに寄ったら11自前で開いていなかった。

6/8(金)

韓国疲れか、一日在宅。
歩きに出る時期なのだが、その気にならず。
庭も手がつかず。

6/9(土)

会の運営に異論があるらしい。
それはそれでいい。が、間接話法で聞こえるのは辛い。
気になる。ナーバスになって落ち着かない。
深夜まで眠れず酒。

6/10(日)

会のベテラン会員にTEL。
なんとなく雰囲気は分かった。さてどうしよう。

6/11(月)

このところ寝付かれず。
こういうことには、神経がタフじゃないのだ。

6/12(火)

今日も憮然として過ごす。

6/13(水)

事務局。
冷静に見ている人と会話。
なるほどね、やっぱりね、と思う。

6/14(木)

鴨下眼科。
緑内障視野の定期検査。この検査は、緊張して疲れる。
「症状は安定していて心配ありません」と言われる。毎度それを聞くとホッとする。しかし、何時か進行が始まるときがあるのだろうか。次回検査は10月。
帰宅して近所の長女宅へ。次女も来ていて「明後日喜寿だね。おめでとう」と言われる。ケーキでお祝い。孫からお祝いレター。いい家族でありがたい。

6/15(金)

ベテラン会員二人と懇談。
まったく別の視点からそれぞれの見方を聞く。
どちらももっともだと思う。
・ (みなさん)年を取るということは、ものの見方は感じ方も、思考力も発言力も衰えるのですよ。
・ 仕切りがしっかりし(過ぎ)ていると、自由な発言がしにくいと受け取られる、そこは注意しないとね。
・ ・・・相当に気配りしているつもりだけど、それがうまく伝わっていないのだ。反省。
で、どうする。

6/16(土)

77歳か・・・。
この後どうしよう。


午後、高校(都立小石川)のクラス会。巣鴨。10人出席。終わってから歩いて10分ほどの母校へ。スーパーサイエンススクール指定校のせいだろうか、理系の色んな大会出場の垂れ幕が多い。文系も頑張ってほしい。中高一貫になっても生徒数全体は変わらないので、一学年の生徒数は半分になった。だから、例えば東大進学者数が減ったり、ラグビー部のように中学での経験者の少ない部は他校との合同チームになったり、だ。たまたま出てきた教師と立ち話。聞けば野球部(軟式)の部長だという。入試のために塾通いばかりしてきた生徒が入学するので、運動部は辛い、昔のように文武両道は無理です、という。「私はサッカー部のキャプテンでしたけど」というと、「体育も5の人たちが合格していた時代と違うのですよ」と言いつつ、たまたま通りかかった中学年齢の子たちを見て「ね、あれじゃぁスポーツできないでしょ」と嘆く。確かに頭のよさそうな、ちょっと華奢な子たちだった。僕たちの時代だって、スポーツ苦手の連中は沢山いた。でも、東大出身の初のプロ野球選手も同じクラスだった。いろんな才能能力が集まっていたのだ。そんな中でも、今の軟式野球部は関東大会に出るという。「頑張ってください」といって別れた。


夜、同窓会(紫友会)事務局のホームページにメールしようとしたら、パイワード入力が不調。4回もパイワード変更してしまった。疲れた。歳だ、他人のことは言えない。


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