HOME > 前川日記 > 前川日記 2018.7.15/~31.広重の名所江戸百景「深川木場」のこと。「国体論-菊と星条旗」と「革命的なあまりに革命的な-1968年の革命史論」を続けて読む。そして、鎌倉センチメンタルトウォーク。

前川日記

7/15(日)

御殿場ゴルフ。
暑い。ペットボトルのスポーツドリンク3本。
帰路、東名渋滞のため中井から降りて相模原の道路をアチコチ。畑地の向こうの大山に陽が沈むなど、見慣れない風景が新鮮だ

7/16(月)

サッカー決勝戦。録画で見る。
家人の実家、焼津から鰻届く。毎年この時期に送ってくれるのだが、ますます高値になっているので恐縮しつつ、堪能する。白焼きわさび醤油が美味しい。

京都に出かけた時、浮世絵展に行った折に注文した版画が届く。歌川広重の「名所江戸百景」―深川木場の雪景色。
この画は、叔父のご先祖様の材木屋を描いたものだという。叔父が生前残された古文書を読み解いて本を出したが、その口絵としても使われていて、古地図から推測するとこの版画に描かれているのはその店だという。



7/17(火)

事務局立寄りの後、事務局長になった千葉氏と一緒に、テレビマンユニオンで今野氏と打ち合わせ。
スペイン料理EL VUEROで寛ぐ。

7/18(水)

事務局。
総務委員の深尾、千葉氏と神保町で一献。
出版関係や大学の先生が寄るという居酒屋。夕方四時から開いているという。いいね。神保町 夜景。

7/19(木)

定期検診。京都以来胃腸の具合が芳しくないというと、結構の量の薬をくれた。漢方系が多いので、一包の暈が多くひとまとめにすると大きな袋になってしまった。食前服用というのがあるが、忘れそうだな。夜、花火の音。ベランダに出ると遠くに見えるが、5分もしないうちに終わってしまった。


7/20(金)

事務局。
吉田氏と打ち合わせ。
終わって蕎麦屋で一献。
蕎麦屋にコンビーフ入りポテトサラダがあるとは思わなかったが、これがなかなか良かった。

7/21(土)

グランプリ関係、「証言」出版関係でいろいろ発言あり。良いことだ。
今回から議事録を千葉氏が担当してくれるので、ちょっとした緊張から解放された感じがする。
終わって「寅福」。9人ほど。

7/22(日)

何もせず。

7/23(月)

この日も何もせず・・・だろう。
何もしないことが日常化してしまうのだろうか、とちょっと焦る。

7/24(火)

絓秀実「革命的なあまりに革命的な-1968年の革命史論」。
なかなか読み切れない。

7/25(水)

「革命的なあまりに革命的な-1968年の革命史論」読み終わる。
ついこの間読んだ「国体論 菊と星条旗」と続けて読んでわかること。この二冊は陽画と陰画の関係だ。現在のこの国の政治構造を読み解くために<国体>というキーワードを使った前者と、それへの否定的行動/思想をマニアックと言えるほど細部に分け入って語りつくそうとする後者。重ね読みによって、戦後、というよりはこの国の近代の屈折が見えてくる。


読み疲れたので(主に、後者)チェイサー代わりに二冊。「樋口一葉『いやだ!』と云ふ」は再読。広重の「浅草田圃酉の町詣」の読み解きは何度読んでも感心する。田中優子さん、文章上手いなぁ・・・。それはそれとして、やっぱり構造主義は寝ながらは学べない、特にラカン。
近代的主体の解体、それを明らかにしたのが構造主義・・・ということだろう。


7/26(木)

午前中床屋。
午後、小石川クラスの「茶話会」。
今日は、女性同級生の<中学理科教師38年間>。
打合せの時から思ったことだけど、中学の理科の教師というのは大変だなぁ…とまた感心てしまった。

7/27(金)

鎌倉センチメンタルウォーク。
鎌倉は少年時代(4歳~14歳)まで住んでいた町だ。ふとしたことから鎌倉に行くことになった。それなら、久しぶりに江ノ電に乗ってみようと思って藤沢から片瀬江の島に回ってみた。夏休みに入ったけど、それほどの混雑ではない。明日から天気が荒れるからでしょう、と食堂のお姉さんが言っていた。久々に潮の香りを感じた。昼は<生シラス丼>、「今朝は獲れたけど明日は船が出せないだろう」という。
江ノ電江ノ島駅から鎌倉へ。鎌倉駅西口で一休み。「昔はこっちを裏駅、東口を表駅と言ってたけど」というと「地元の人は今もそういいます」だって。母校、御成小の前で鎌倉在住の知人堀さんと合流。人力車に乗った。気持ちよかった。残念なことに写真がアップできない。校門の看板文字は高浜虚子だという。

あちこち回って昔住んでいた五所神社へ。周りの佇まいはすっかり変わってしまったけど、道筋は記憶の通りだ。歩いて材木座海岸へ。波打ち際までずいぶん短くなったように思う。よしず掛けの海の家など、海水浴場らしいが、以前はもっと素朴だった。小坪から逗子にかけて今風の建物が目に付く。邪魔だと思ってしまう。


あの頃は、海に入ると子供の腰のあたりから足元まで、透明で海の底まで見えるほど、遠浅の水はきれいだった。
10歳の頃の古い写真。結核で横になることが多かった父だが、体調の良い時は散歩に出ることもあった。このとき父は40代半ば。着流しにステッキ。洋装の時は、夏はパナマ帽、冬はソフト。お洒落だった。50を前に死去。この写真のカメラPICNY、国産。
散策を終了して、駅近くまで戻って食事。「一平」は京都料理のいい店だった。
とてもいい一日だった。堀さんに感謝。


7/28(土)

鎌倉疲れか、目覚めはいつも通りだったが、一日中眠い。
昨日の夢のような一日の断片をFBに投稿。
台風接近。
夕方、市の防災情報で避難についての警報メール。指定の避難所に行く方が大変。念の為、ザック2個に必要と思われるものを詰めておく。
ほどなく解除。

7/29(日)

逆走台風。近辺は何事もなし。
朝刊「折々の言葉」に、堀さんが担当した「映画を撮りながら考えたこと」(是枝裕和)が取り上げられている。添付して送る。

7/30(月)

事務局。
鎌倉で堀さんから進呈された「映画を撮りながら考えたこと」読み始める。1ページ目から面白い。

7/31(火)

大阪から出てきた和住さんと昼会食。津つ井。今シーズン初めてのライスサラダ。故林敏彦さん、阪大や「未来学」(プロジェクト;高度情報化社会の未来学)のことなど。僕の現場時代APの経験談を興味深く聞いてくれた。京都のお酒など頂戴する。


エントリーリスト