HOME > 前川日記 > 前川日記 2018.10.1.~10.15.「8月15日の神話」と「朝、目が覚めると、戦争が始まっていました」を読み、そしていくつかの節目の「詔書」のページを繰る。東京の堆積された歴史を歩き、良き友を送る。

前川日記

10/1(月)

夜、暴風雨。12時頃目が覚める。風の音が凄まじい。
先日の台風も凄かったが、今夜の風はさらに凄い。家が揺れた。南斜面の高台だから、まともに吹き付けてくる。3時頃まで起きていた。気が付けば、どうやら風はおさまってきたようだ。

10/2(火)

朝、庭のフェンスに蔦のように絡まっていたむべの枝が折れている。
駐車場に庇状のトタンが飛んできている。どこのお宅の物かわからない。長女が近所の数件のお宅の屋根を見回して何処かなぁ・・・という。お隣が外に出てきて、同じものが家にも飛んできている、どうしましょう、という。取り敢えず、「お心当たりの方、お持ち帰りください」と紙に書いて貼ってみる。と、「あっ、・・さんだよ。あそこが剥がれている」と一軒先のお宅の庇を指して長女が言う。確かに。お隣も、うちの庭にもそのお宅の樋が落ちている、という。今お留守のようだから、戻った時に分かるようにして伝えます、ということでお任せすることにした。
風の強い日は、いろんなものが飛んできて、我が家の駐車場や階段下に引っかかったり落ちたりする。そういう風の通り道らしい。

10/3(水)

長女の夫と太平洋クラブ相模コース。二人でセルフ。気楽で良い。
夜は、両家族でもんじゃ。
帰宅しようとしたときに、長女のケータイに電話。次女から、自宅が水漏れなので見てほしいとのこと。長女の夫は工務店なので、家庭関係の工事修繕は出来るので、外の業者を呼ばずに連絡してきたもの。

朝日新聞の連載「語る 人生の贈りもの」で五木寛之が人生の下山期について語っている。「老いていくことはつらいことが多いですが、和して同ぜずの精神で生きていこう」。サラリーマン生活者は、特に終身雇用型においては、仕事の波と人生の波がシンクロしてしまう。当然と言えば当然だが、仕事の幅を超える人生があっていい。
この人の作品は「青春の門」は全巻読んでいる。短編「第五演出室」など佳作も多い。ただ、作家として好きかと言われるとそうでもない。ただ、この連載の前半で朝鮮半島からの引き上げの体験を語っていて、この人の根っこにあるものが分かったような気がする。
ついでに、「山に登って下りてくるのを登山と言います。登ったきり、下りてこないことを遭難といいます。」と言ったのは、武田鉄矢だった。人生の遭難者は結構いる。

10/4(木)

在宅。
「8月15日の神話」(佐藤卓己 ちくま学芸文庫)。
国際法上、あるいは世界史としての認識は、第二次世界大戦が終わったのは8月15日ではない。ポツダム宣言受諾を国際的に通告したのは8月14日、降伏文書調印は9月2日。それなのに、日本の社会的な”常識”は8月15日の「玉音放送」を以って<終戦>が成立したことになっている。何故か、それはどのようにして認知されたのか。
8月15日をメディアはどう伝え、その後「その日」はどう継承されたのか、実証的に検証されていて興味深かった。
その上で、何らかの「意図」によって形成された<8.15.神話>だとしても、これほど深く日本人の心理に根差してしまったところに、<私たちの内なる天皇制>を見ることができるのではないだろうか。その意味で、「国体論 菊と星条旗」(白井聡 集英社新書)を併読すると良い、と思う。
さらに、「朝、目覚めると、戦争が始まっていました」(方丈社)を読むと、私たちのメンタリティーが見えてくる。この本は面白かった。半日で読める。一気に読んでしまった。当時の作家、知識人、など50余人の記録だ。12月8日の開戦に懐疑的で、自立して思考したのは清沢洌(ジャーナリスト「暗黒日記」の著者)だけだった。
この本に登場する人々は、戦後も「知的世界」で生きる。それはそれでよい。その落差をどう生きたか。例えば、竹内好のような、あるいは鶴見俊輔のような、「歴史」の背負い方、その根の深さを大事にしたい。
思考の連鎖として、開戦、敗戦、に関する詔書のページを捲る。
開戦なき戦争、日中戦争(満州事変を含む)、ノモンハン事件、のことなども。


10/5(金)

東急本店白洋舎にクリーニング引き取り。
「先週の水曜日に来た時に、紺の長傘を忘れたようだけど」と聞くとすぐにノートを取り出して調べてくれだ。「あっ、その傘はお預かり期日が過ぎたので渋谷警察に届けました。遺失物番号はコレコレです。前もってご連絡いただければ、こちらで保管したのですが。」という。「あっ、有難う」といってナンバーのメモを受け取ったが、渋谷警察に行くのはやめた。縁がなかったものと思おう。
事務局。理事会準備。

10/6(土)

理事会。
「日韓中テレビ制作者フォーラム」対応。「放送人の証言」出版企画、など。松尾大先輩が久人振りに出席。
終わって「寅福」。

10/7(日)

休養。

10/8(月)

世の中三連休。
連休制度で月曜休日が多い。
仕事のある人はやりにくいのではないかと思ってしまう、現役だったら、金土日連休の方がいいと思っただろう。

10/9(火)

鴨下眼科。
4ヶ月に一度の視野の検査。緑内障の症状は安定している。
終わって、六本木 麻布 南青山 表参道 原宿 と歩く。天気がいい。少し汗ばむくらいだ。高速道路や幅広い通りの一本裏には仕舞屋の風情が残っていたり、植え込みのあるひっそりとした空間がある。高度成長以前の面影が少しだけ残ってている。江戸から東京へ、戦災から復興へ、そして高度成長と、東京は三度の変化を経て今がある。


10/10(水)

事務局。
韓国と実務的調整。その場で、韓国語で電話でやり取りする会員がいて、スッキリ。言葉ができるのは良い。羨ましい。何が自分に欠けているかと言えば、外国語を学習する能力だ。ロシア語科の教授の友人が「語学には、天性優れている奴もいるが、何よりも大事のは努力する能力だ」と言っていた。努力はどうも好きではないらしい。
そうこうするうちに、TBSの友人西川章の訃報。
驚いた。最近は小脳の障害で運動機能が低下していた。歩行も少しずつで、理事会に出てくるのも大儀だったが、会話などは明瞭で思考もしっかりしていた。内臓系の不順も聞いていなかった。だから、何で!と思ったのだ。
後から来た通知では心不全となっている。

10/11(木)

メディカルクリニック悠々。6週に一度の定期検診。
胸やけの症状を説明して薬を変更する。
午後、ゴルフの打ち放し。「いいかもしれない」と思いつつ、ゴルフ好きだった西川のことを思う。
FBに「友が一人逝ってしまった」アップ。

10/12(金)

明け方目覚めてパソコンを開くと、木内みどりさんから「西川ちゃんの通夜葬儀について知りたい。テレビ小説”安べえの海”でデビューしたのだけど、西川ちゃん頼りだった。死ぬ前に会いたかったのに」とある。とりあえず、日程通知。


「憲法の良識」(長谷部恭男 朝日選書)。
この人とは、民放連関係の会合などで何度か会う機会があり、会話もしている。この人の愚直なまでに誠実に憲法と向き合う姿勢、つまり極めて論理的なのだ、それが凄く良い。

10/13(土)

「前川会」、原宿南国酒家。
14人。出席者 減る。この会どうしよう。
もともと「いとこ会」としてスタートしたが、いとこ世代は高齢化していて(当たり前だ)、次世代の参加者の方が多い。ということは、それだけ求心力が落ちているのだ。

「ただの文士 堀田善衛のこと」(堀田百合子 岩波書店)届く。新刊はなるべく書店で買いたいと思うのだが、ネットの便利さに頼ってしまう。書店頑張れと思いつつ、裏切っているのだなぁ…。
堀田善衛は最も敬愛する作家。
その娘のエセー。百合子という名前は、堀田善衛の盟友武田泰淳夫人の名前から名付けたのではないだろうか。読むのが楽しみだ。

夜、西川章通夜。
高幡不動。
年長の知人たちも参列。彼の人柄が滲んで見える。
木内みどり、中村芙美子、今野勉、田澤正稔、和田旭、等と会話。
梅本、村上、妹川など諸先輩、東條、田中浩、秋山、など同輩友人たち。
多摩モノレールに初めて乗る。

10/15(月)

西川章告別式。
終わって、高幡不動の蕎麦屋で精進落とし、
今西、児玉、近藤、横井、大蔵。
しみじみいい奴だったと思う。
「放送人の会」の西川章追悼文の件で堀川とんこう氏に電話。



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