HOME > Special > 第15回「日韓中テレビ制作者フォーラム」プサン「表現とは、“客を裏切ること”そして“何を見せないか”ということ」 前川英樹

Special

日本からの参加作品「おやじの背中 ウェディング・マッチ」(TBS)のプレゼンテーションで、八木康夫プロデューサーはこのドラマのエンディングについてこう語った。「結婚式の前日にトレーナーの父とボクサーの娘が戦って父がノックアウトされた次のシーンで、顔を張らせた父娘が腕を組んでバージンロードを歩くことを見る人は期待するだろう。だけど、作家も私もそうはしたくなかった」と。戦争をテーマにしたドラマで戦場を描かない、というスタイルをこれからも崩したくないとも。

 そう、ここには制作者と視聴者、作り手と受けての勝負感覚、駆け引きの妙とでもいうべき遊びがある。映画でも、「突然炎のごとく」のような終わり方があるではないか。
 かつて、ハイビジョンが技術的実験から実験的制作へ移行する過程で、「芸術家の食卓」、「陰影礼賛」などの冒険と遊びを経験したが、その時のVE(ビデオ・エンジニア)で自身も映像作家であった安藤紘平君は、「表現とは何を見せるかではなく“何を見せないか”です」といっていた。なるほどね・・・と思ったものだった。

 中国や韓国の作品を見て思うのは、「見せ過ぎ」であり、「見ることを強要しすぎ」であり、客を裏切ったり、客と駆け引きしたりということがないということだ。
 中国の場合は、テーマも実験的方法も制約があるであろうがゆえに、CGや特撮そして編集などのテクニカルな部分で創造性を満たそうとしているのであろう。韓国の場合は、「遊びは無駄」で「そんな暇がない」という性急さが制作環境にあるのであろうか。


さてしかし、報道のみならずエンタテイメントからスポーツに至るテレビジョンのすべてがジャーナリズムであるとして、その時「裏切ったり」「見せなかったり」という方法で、日本のテレビ制作者は<この時代>に何をメッセージとして提示するであろうか。


エントリーリスト