HOME > Special > 「棺一基四顧茫々と霞みけり」 大道寺将司死す。

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死刑囚大道寺将司が獄中で死んだ。
1974年<三菱重工ビル爆破事件>の主犯だった。
あさま山荘事件が戦後左翼の終焉だと思っていたが、その後で突然起こった事件は、何かひどく受け止め方に困惑するものがあった。
その主犯の大道寺将司は、獄中て句を詠むようになり、大道寺を追い続けた作家辺見庸の手で上梓された。「大道寺将司全句集」(太田出版。)

辺見庸とともに大道寺の俳句に込められた思いをドキュメンタリーにしたのはNHKだった。
以下は、2013年の「放送人グランプリ」のグランプリに推薦した時の文章である。


グランプリ候補者名
「失われた言葉をさがして
 辺見庸-ある死刑囚との対談」 投票会員名 前川英樹

グランプリ推薦理由
<3.11>から、「早くも」あるいは「漸く」2年目を迎えた今年、被災地を継続的に取材しあるいは原発事故の真実やその影響の広がりや深さを追求する優れたドキュメンタリーが数多く制作され放送された。しかし、敢えてここではそれ以外の分野から推薦したい。それほどにこの「失われた言葉をさがして」の衝撃は大きい。
この番組を見て、1974年の三菱重工爆破事件の主犯で確定死刑囚である大道寺将司の句集「棺一基」のページを繰ったのだが、そこから伝わってくる<人が生きてあること>の切実さに絶句した。これは映像にすることが困難な、というより「映像化しないほうがより表現として純化されるであろう世界」を、敢えてテレビドキュメンタリーとして取り上げた決意に敬意を表したい。
独居房で生きる日々に感じる微かな季節の変化の兆しあるいは記憶、を俳句として記録する、その身を削るような十七文字に息を呑む。自分の行為による死者達と<今>生かされている自分との確執にたじろいだ。その大道寺に向き合う辺見庸の執念ともいうべき眼差しに敬服した。
戦後をどこで区切るかには様々な考え方があるが、1960年を頂点とする政治の季節は「あさま山荘事件」(1972年)で終焉したというのがひとつの説得的な見方だろう。しかし、1974年の三菱重工爆破事件は、「東アジア反日武装戦線」という特異な名称の組織犯罪として、改めて考察されても良い。その中心にいた大道寺の句集は、革命的と信じて選択した行為とその結果としての犯罪との確執として、敢えて言うならば帝政ロシアのテロリスト、ロープシン(作家名ザビンコフ)の「蒼ざめた馬」「黒馬を見たり」に匹敵するだろう。制作者がそのことを意識したか否かはいざ知らず、見るものをしてこのようなことに思い至らせたドキュメンタリーが、<今>制作され放送されたことに強く打たれた。
大道寺の刑の執行が急がれることなく、彼が切実に生きる一日が一つの句を生み、その句は生きることのいかに辛く苦しいことであるかを刻むことである、そう思わせるドキュメンタリーだ。
ザビンコフには実名として書かれた「テロリスト群像」という著作がある。大道寺もそれを書き残すべきだろう・・・というようなことも思った。遺族被害者の思いに反することであるだろうが、生きている限り、それは大道寺にしか出来ないことでもあろう。

グランプリも優秀賞も何も取れなかった。
心残りである。


田中優子の書評も良い。
彼女は書評の最後に辺見庸の序と跋文に触れ「それこそこの句集の最も見事な書評であって、それを超えることはできない」と書いている。


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