HOME > Special > 前川日記 韓国光州篇(2018.5.29,30.)「光州事件」(1980年5月)の記憶の保存、その努力が凄い。

Special

5/29(火)

第18回「日韓中テレビ制作者フォーラム」(韓国・光州)準備会議出席。
朝、5時過ぎ自宅発。羽田-金浦。 
金浦空港隣接のホテルで昼食兼第1回会議。
韓国からの提案
・・・光州は1980年に<光州事件>が起こった都市だ。韓国民主主義の原点である<光州事件>の意味を込めて今回のフォーラムのテーマを「共同体と民主主義」としたい。
日本 「そのテーマの意味は評価する。しかしフォーラムのテーマとして広すぎないか?また、制作者の視点から、番組制作のモチーフになりにくい。」
中国 「韓国や日本が光州事件を評価するのは分かるが、中国は一党独裁体制なので民主主義をテーマにすることは無理だ。」
…など。議長国韓国が明日まで考える。
私見・・・中国はそう言うが、中国革命の始まりの<五四運動>は抗日・民主主義運動ではないか、国父孫文は三民主義を提唱したのだし、などと思う。・・・が、この場は主催者の会議運営の間接的サポートに徹することにする。


終了後光州に移動。
会場の金大中コンベンションセンター視察。実に立派な建物だ。カフェが“The May”という名前なのは、光州事件を意味しているのだろう。
終わってチェックイン後夕食。

5/30(水)

午前の会議でテーマは「共同体と市民参加」としたい旨韓国から提案。了承。その他、作品数、スケジュールなど運営関係議論。基本的合意成立。
光州事件の中心地の一つである公園視察。逮捕者が連行され監禁された兵舎が記念として保存されている。5月という時期に公開されるようだ。


上の写真、高層ビルの手前の白い平屋建ての建物は、旧兵舎。光州事件で逮捕連行された市民たちは、ここに監禁され拷問。今はこのように緑豊かな公園になっている。


昼食は副市長主催。
午後、光州事件記念館と文化施設視察。
ここにも5.18.とある。光州事件が始まった日。
記念館は植民地時代の道庁舎だが、韓国人建築家の設計という。展示は、歴史的事件の記憶をモダンアートと組み合わせたもので、細部にまで創造性が感じられた。

写真(上)記念館玄関にも MAY 18  とある。
写真(下左)抵抗した人々のイメージ像と、多数の市民の象徴として天井から吊るされた無数のスニーカー。
写真(下右)最後まで抵抗した市民・学生の血が流された階段。


写真下 窓から見える噴水の周りに集まって抵抗する市民を軍が武力で排除。当時のままの窓からの光景。


写真(左)
光州のテレビ局は、市民の運動を伝えず軍部よりだと批判され、激しく抗議する人たちに火をつけられた。(この写真は記念館ではく、逮捕された市民が監禁された公園の兵舎に展示されていた。)
光州で開催される今回のフォーラムのテーマを、「共同体「民主主義」を軸したいという韓国テレビ関係者の思いが改めて感じられた。

隣接する図書館は芸術関係の資料が豊富で、日本の60~70年代のアバンギャルド芸術や映画演劇関係のコレクションもある。しげしげと見ていたら1968年の映画評論があって<今野勉 シナリオ/テレビドラマ傑作集>が掲載されているのを発見。今野氏と担当者に話したら、「著者が訪れたと公表していいですか」「どうぞ」という会話になり写真撮影も。写真(下右) 映画評論 1968年4月号


終わって、光州空港へ。出発が遅れて、金浦の乗り継ぎが忙しかった。
国内線から国際線への移動が1キロほどだろうか、急ぎ足小走り、まあ間に合った。
羽田着10時半。帰宅が12時。
疲れた。近いとはいえ外国だものね。
写真下 金浦空港夕景


5/31(木)

一日休息。


エントリーリスト