HOME > Special > ご挨拶:民放連研究所「客員研究会」オブザーバー終了/民放連とは長いお付き合いだった。感謝!

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 2010年にTBSでの仕事を終えましたが、仕事が終わってからも今日まで民放連との関係は続きました。随分長いお付き合いになりました。
 私が民放連と縁が出来たのは、さかのぼれば1984年(42歳)に、制作局から総合開発室へ異動になりメディア企画担当になってからです。
 メディア企画で最初に向き合ったのが、ハイビジョンでした。当時は高品位テレビと呼ばれていました。NHKが衛星放送に向けて開発していて、TBSの中では「地上波ではできないよ」といわれましたが、このインパクトは大きいと思いました。最初にハイビジョンというスケールの大きなものに向き合ったおかげで、伝送と制作、技術基準、国際規格、そして制度など、テレビのシステムとしての基本的なことを学びました。制作局の経験が新しいメディアへの橋渡しになったことも良いめぐりあわせだと思います(ハイビジョンについては色々な思いがありますが、それは別途)。そこから、アナログ/デジタルの大論争を経て、民放のBS参入の道が開けます。このあたりから、民放連とのかかわりが始まります。


 BS参入直後に地デジ検討が始まり、そこからから勘定しても20年経ちます。デジ特(地上デジタル放送特別委員会)・テレ専(デジタルテレビ放送専門部会)は大変だったけど、面白かった。特に、印象に残るのは、①アメリカ調査団(北川ミッション)、②地デジ「不可避」宣言、③移動体向け1セグ技術特許国際交渉(こんなことまでやることになるとは思わなかった)、④情通信で「インターネットの父」と呼ばれた村井純さんにテレビの仕組みと特性をレクしたこと、などです。村井さんのテレビ理解は、情通信答申に反映されていると思います。(写真右上 1993.米国デジタル放送調査団 NAB視察 左から3人目筆者 その右北川団長)


(写真左 「デジ特見解」地デジ不可避宣言 膠着状態だった地デジ検討作業を動かした 1999.) 

 そして、「全国協」(全国地上デジタル放送推進協議会)と「総推」(総合推進部会)。北川会長(元日テレ専務 テレビ新潟社長/会長)をはじめ、各局、特にローカル局のみなさん、NHKのつわものたちや、総務省の諸氏の顔が浮かびます。
その間、異業種の方々も含め数え切れないほどの議論を重ねました。実に様々な委員会研究会に参加しました。郵政省/総務省の委員会・審議会・研究会のメンバーにもなりました。概ね、守旧派、既得権擁護と言われる立場に立たされたのでした。

 そういう議論の時に、まず基本的スタンスとしたのは、「業界エゴ」だけを発言してはならない、民放の利害に関わる意見を言うとしても、客観性合理性がなければ説得力がないのだ、ということでした。常に<背筋を伸ばして発言する>、それが大事です。これは、文字通りフィジカルなことですが、実はメンタルとしても大事なのです。もちろん、業界エゴは存在するし、それを背負ってそのような場に出ているのでが、それでも、そこに普遍的な論理を見つけること、乱暴に言えば、嘘でもいいからそのように心がけるべきでしょう。


(上 民放連・デジ特/テレ専の検討作業 右の図を毎年作成して進捗状況と課題を確認した)

 放送業界は、<規制>と<市場>という二つの原理から逃れられません。その上で、この二つの原理を前提としつつ、なおかつ放送固有の存在を提示すること、それを自由な表現活動として示すこと、それが放送事業者の哲学でしょう。哲学や理念では経営できないと言われますが、そうではなくて、「哲学や理念がなくてして経営はありえない」と思わなければなりません。どの企業でもそうなのですから、まして放送はそうあるべきです。
 今、民放事業者が公的会議にどういうスタンス、認識で発言しているかは知りませんが、ほんの少しの自負を持っていうならば、私はそのようにしてきました。特に、行政機関に対してはきちんと向き合うという緊張感を忘れてはいけないと思います。
 民放は、NHKしかなかった時代へのアンチテーゼとして生まれたのであり、その意味では放送法は民放の存在理由を示している法律だとも言えます。民放事業者の背筋の延ばし方の根本は、民放の存在理由そのものに因るものだと思います。
 この研究会の委員の皆さまにお願いします。民放事業者に対して、外部からの視点による分析と評価・批判を示してください。それが、民放事業者の知的水準のアップと理念の形成に必要だからです。そして、民放事業者の背筋が伸びるような提言をして頂きたいと思います。

 本当に長い間お世話になりました。有難うございました。



 民放連との関係で、何冊かの出版企画に関係し、テレビについての考え方を整理して書く機会があった。これは、自分にとってとても貴重な経験で、私のテレビ論の基礎になっている。


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