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友が一人逝ってしまった。
西川章。

TBSでは一期下だったが年齢は同じだった。喜寿だ。個人的に特に深い付き合いがあったわけではないが、どことなく気が合った。穏やかで、激したことも慌てたこともなく、何事もサラッとこなしていた。インテリジェンスとシャイとが絶妙にブレンドされていた。
若いころ、番組で一緒になった時に、とあるプロデューサーが西川と前川を間違えて呼ぶことが何度かあった。「あの人は、眼鏡をかけていて名前に川がつくと区別が出来ないんだ」と二人で笑ったものだった。TBSが日比谷スタジオという外の環境で番組制作を始めた時の担当者で、「イカ天」(イカスバンド天国)を、遊び心のノリで楽しんでいた。
制作から編成へ、そしてスボーツ局にもいただろろか。どこにいても、西川章は西川章だった。
組合役員をやっていたこともあるが、組織中央にありがちな統制を好まず、TBSの自在な空気を大切にしていた。闘争委員会批判の文書を持って行ったときに、「機関紙に載せるのは無理だけど、印刷しちゃいましょう」と言って掲示板に張り出しまでしてくれた。TBS闘争で不当配転された故村木良彦氏の配転後1年のインタビュー記事を、組合速報に書いたのも彼のはずだ。
徳島出身で、番組で阿波踊りが登場した時にその指導をしたことがあって、「踊りは腰です」と言っていた。ゴルフの名手でスコットランド・ツアーを企画して、仲間を連れて行ったこともある。
ある時期から俳句の世界入り、句会を主催し阿舟と号していた。阿波の阿と、魯舟を漕ぐのが得意だと言っていたので、その舟とで阿舟だったのだろう。
長い間放送人の会の理事、監事で、放送人句会のチーフだった。放送人の会の総会で「会の財政が厳しいのに、句会は必要か」という質問があった。総務委員長の私が、「他の句会と違って、放送業界用語をお題にするところに特色がある」と答えたら、嬉しそうに「それそれ、それですよ」と笑っていた。
 庭の木に止まり遊ぶや初雀
今年の年賀状の一句。
寂しいなぁ…。
ここでこの文章を結ぼうと思っていたのだが、斎場の入り口に色紙が飾ってあってそこに一句。
 兜虫よくぞ我家を選びたる   阿舟
ご家族が選んだのだろうか。
思うに、西川本人が気に入っていた句なのだと推測する。
いい友だった。

放送人句会の講師星野高志氏 「悼」 (斎場掲示)
 思い出に終わりはなくて秋深む
 行秋や鳴門の渦も瀞となる



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